本日は、ベトナム最後の王朝・阮朝の都があったフエの街からお届けします!

阮王朝は、広南国(1558年―1777年)の旧臣、広南阮氏がフエを都として築いた王朝です。
1802年から1945年にかけて存在していました。
一部の建物群は世界遺産に、
また宮廷芸能であるニャーニャック(Nhã nhạc/雅楽)が無形文化遺産に登録されています。

【 阮朝王宮 】
街の中心部にある王城は、604m*622mもの城壁に囲まれた、広大な建造物です。

“Kinh Thanh Hue”の表示の正方形の部分
中國紫禁城(故宮)を参考にして建てられているため、
朝儀(儀式)の場、朝政(政治)の場、王の居室、王夫人の居室、皇太子の居室など、
基本的なつくり・配置が、紫禁城と一緒です。

戦火に巻き込まれ、損壊した建物が多かったものの、
だんだんと再建され、現在は、
当時全損した太和殿も、その姿を見ることが出来ます。


正午になると太陽が門の真上に来る

銃弾・砲弾の跡がいまだそのまま残っている
また、王様が食べていた宮廷料理の一部は、
こんな感じです!


お店はこちらです。

Hoa Viên
4A Võ Thị Sáu, Huế, Thừa Thiên–Huế
【 トゥドゥック帝廟 】
トゥドゥック帝は、阮朝第4代の王です。
非常に勤勉で、学問を奨励したりなど国民のための政策をよく苦慮したそうです。
しかしながら、運の悪い王様でもありました。
在位中に飢饉とそれに続く反乱、さらにフランスの侵攻に悩まされ、そのまま死去してしまいました。

黄色の屋根瓦は、王のための建物


王の遺体は秘匿され、現在もどこに埋葬されているかは不明だそうです。
王の遺体の埋葬場所が分かっているのは、下記のカイディン帝など少数の王だけです。
それは、盗掘防止のためと、
王の遺体に害を加えることによって滅亡した王朝があった故事から、
呪術的なものから王朝を守る意味があったといいます。
【 カイディン帝廟 】
阮朝落日の頃の王・第12代カイディン帝の廟です。

この王様は、政務よりも奢侈を好みました。

既にフランスの監督下であったなかで、科挙を廃止し、
文字も、ベトナム漢字のチュノムからアルファベット表記のクォック・グーに改めました。
この陵墓建設のためにさらに重い税を課したカイディン帝は、
「フランスの保護下で一人だけ贅沢をしている」と国民から恨まれていたようです。



この像の地下に遺体が埋められています。
遺体の周りはコンクリートによって囲まれているので、
カイディン帝自身が、盗掘も、他者による遺体への危害も無用の心配とした為だそう。

この天井画は、なんと足で描かれているんだとか!
絵師は描いている最中、もちろん「王の墓の絵を足で描くとは不敬である!」と
咎められたそうですが、
「下から天井を見上げた時に見栄えが良いように、あえて筆から身を離して描いているのです」
と、切り抜けました。
実際のところは、国民を顧みない贅沢な王に対する冷罵だったと伝えられています。

これでもかと、当時高価だった材料でふんだんに装飾された様子には、
ちょっと自棄くそ感もあるような気がします。
外国に上から押さえつけられる立場で、国民にも嫌われ、
カイディン帝にもままならぬ思いがあったのかもしれません。
以上、フエでした!!