本日はベトナムの建国記念日
『 国慶節 』Ngày Quốc khánh(ガイ コック カイン)です!!

1945年9月2日に日本とフランスからの独立宣言を行ったことを記念し、
制定されている祝日です。
また、初代国家主席ホー・チ・ミン氏の命日にもあたります。
祝日が9日しかないベトナムの、貴重なお休みの日で、
公的機関や会社はもちろん、お休みのお店も多いよう。
第二次世界大戦下で、ベトナムは日本とフランスに支配を受けていました。
これに対抗するためにできた組織が、ホー・チ・ミン氏率いるベトナム独立同盟会(ベトミン)です。
1945年、日本の敗戦はもはや動かしがたいとなると、
8月13日、ハノイで蜂起、19日には政府機関の制圧に成功。
8月30日には、ベトナム最後の皇帝バオ・ダイの退位とともに、
日本の傀儡国家となっていた阮朝ベトナム帝国が滅亡し、
9月2日、ホー・チ・ミン氏がベトナム民主共和国の独立を宣言しました。
ホー・チ・ミン氏は
グエン・タッ・タインという名で、氏の父はフエ宮廷に出仕していました。

農民の抗税運動にかかわったことでフランス当局に目をつけられ、
高等学校を退学になると、1910年に中学校の語学と体育の先生をしていましたが、
翌年、突然サイゴンへ移りました。
その後、彼は世界を周ります!

フランス・パリに飛んだあと、フランス商船で船員をしながら
アルジェリア、モロッコ、インド、インドシナ、サウジアラビア、
セネガル、マダガスカル、リオデジャネイロ、ブエノスアイレスなどを訪れます。
ニューヨークやイギリスでは、学校の用務員さんやホテルの給仕・コックなどもしています。
折りしも第一次世界大戦の時代。
ホー青年は、社会問題や政治問題について関心と関わりを深めていきました。
政治活動の中で、逮捕・投獄されたことも二度あり、
それぞれ18カ月、13カ月もの長い間、虜囚の憂き目に見舞われます。
それでも幾多の危地を脱し、1941年、故郷ベトナムに戻ったホー氏は、
1945年、日本の無条件降伏をチャンスととらえ、
あらゆる政党、組織、少数民族代表によびかけて、
ついには冒頭の通り、ベトナムの独立を成し遂げました!
しかし、独立を認めなかった連合国の介入によって、
戦争はまだ続くことになります。
ホー氏は、交戦国との交渉に駆け回り、
その後1969年の今日、心臓発作で79歳の生涯を閉じました。
ベトナムの北部・中部・南部に遺骨を分け、
墓や銅像は建てず、代わりに国民のだれもが休んだり記念植樹をしたりできる場所にしてほしい、
との遺言でしたが、
死後もベトナムの精神的支柱であってほしい、とか、
まだホー・チ・ミン氏に会ったことがない南部の人のために、
ということで、ハノイ市にお墓が作られました。
それがこちらの施設「ホーチミン廟」です。



エンバーミングされたホー・チ・ミン氏の遺体が眠っています。
常時衛兵が守り、内部で立ち止まることや私語・撮影は禁止です。
午前中ならば、ホー氏の遺体に対面することが出来るのですが、
朝7時頃で、すでに長~~~い列ができていました。

ベトナム人の家庭や学校には、ホー氏の写真が飾られていますし、
街の看板・ポスターにもその姿を見ることが出来ます。
没後30年経ちますが、その人気はなお健在の様子です。
*Today's Viet Things*
ハロン湾ツアーでお世話になった、JTBのサンさん
若い頃のホー・チ・ミン氏とナイナイの岡村さんに似ているとよく言われるそう。

とっても陽気なサンさん

若い頃のホー・チ・ミン氏
たしかに...なんとなく...?