DSP株式会社

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終わりのない挑戦と冒険へ

甘やかすのを優しさだと勘違いしたり、甘やかされるのを優しさだと思う人がいる。

でも、それって、その時その場はいいけど、長い目で見るとお互いに不幸になるだけです。

僕はそのようなことを何回も見てきました。小善=偽善・利己だと思います。

 

真の優しさとは、自分の感情を殺してでも相手に厳しくできることだと考えています。

ただ、相手を厳しくする前提として、自分に厳しくしている、無私の愛を持つこと、心から幸せにしたい・なってほしいと願い思うことです。

くれぐれも厳しさを勘違いして、単なる傲慢であったり、威張ることではありません。

また、自分に甘い人は厳しくしても伝わらないし、むしろ反発反感を招くだけです。

 

厳しくする人は、嫌われたり誤解されることが多い。

反対に甘やかす人ほど、はじめは好かれる傾向にあるが、上に立つ人、上を目指し立ちたい人、人を幸せにしたい人は、その誘惑に負けてはならない。

 

以前、こういう人がいました。

その人は部下に好かれるために、優しさという名の甘やかしをして、たいへん人気?人望?がありました。

僕が厳しいことを言うと、その後、陰で甘い言葉を囁き、結果として僕が悪者、自分は良い人を演じていました。

ところがどんどん業績が落ちていき、部下は好き勝手し放題、当人が少しでも厳しいことを言うとすぐに反発を招き、

結果として統制がまったく取れなくなり、すべてをダメ(不幸)にしてしまいました。

そのことを招いたのは、すべて僕の力量・指導不足を重々承知しておりますが、改めて真の優しさの大切さを考えさせられました。

 

人はどうしても目先の欲や楽ばかりに囚われ、長い目で見ること、考えること、そして厳しいことを避けたり逃げようとします。

人生という長い旅路では、長期的に物事を考えること、お互いに幸せになるためにも、真の優しさを持つことが重要です。

 

だけど最後に、誤解しないでほしいのは、厳しさばかりではなく、時にはユーモアと夢も大切です。

僕は時々、笑わせたりバカを演じたり、壮大な夢を語ります。

だから厳しいことを言っても耐えられる、ついてきてもらえると思っています。

 

以上、よろしくお願いします。