#登山 #八百万の神 #カムイ #山伏 #アイヌ #白文 #篆刻 #修験道 #山歩き #境界線 | 音型(おんけい)が彫る

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甲骨文字百顆印 第七十五顆 / 白文・7mm角・新疆彩凍石


01 「登」という文字について

     
意 味 のぼる
成り立ち 會意文字。両足と高坏(たかつき)の組み合わせ。甲骨文字では神に供物を捧げるために高台に上がる神聖な儀式を表していた。
部 首 癶(はつ)
現代漢字の畫數 12畫

神への供物を持って高台に上がる、という起源を持つ字だ。このシリーズでは「禮」「喜」「鼓」など、神事を起源とする字がたびたび登場してきたが、「登」もその系譜にある。山に登るという行爲が、古代においては神への奉仕と不可分だったということが、字の成り立ちからも見えてくる。


02 登攀と登山の境界線

「登」といえば登山だが、岩や鎖を使って直接壁面を攀じ登る場合は登攀という言葉の方がしっくりくる。

石鎚山の鎖、劔岳の山頂直下、安神山の鎖、西穂獨標から西穂山頂にかけての岩稜。これらは登攀に近い感覺がある。岩に手をかけて、足場を確認して、重力に逆らいながら少しずつ上へ向かう。そこには純粋に上を目指すという動作の原型がある。

それ以外の山歩きは登山と呼んでいる。どちらも「のぼる」という行爲だが、体の使い方と意識の向け方がかなり違う。


03 山は御神體だった

日本の山岳信仰の根幹には、山そのものが御神體であるという思想がある。

山は水を生み出す場所だ。雨や雪が山に降り積もり、地中を通って清らかな水になって麓に流れ出す。「麓」の回でその話を書いたが、水がなければ農業も生活もない。水を生み出す山は、それ自体が命の源だ。だから崇められた。

今の時代、そういうことを学校で教わる機會はほとんどない。でも実際に山に入って、沢の水を飲んで、森の空氣を吸って、土を踏んで歩くと、頭の理解を超えたところで何かを感じる。言葉にしにくいが、確かにある。山が神聖だという感覚は、体験の中にしか伝えられないものだと思っている。


04 山伏という存在

戰前まで、山伏が日本各地に普通にいたという話がある。

修験道の実踐者で、山を歩き回ることで身体と精神を鍛え、自然との繋がりを深めていた人々だ。山の中で様々な行を行いながら、自然の樣子を観察し、動物や植物の変化を見守っていた。今でいう山のレンジャーや生態系の守り手に近い役割も果たしていたのかもしれない。

そういう存在が日本各地にいたということは、山と人の繋がりが今よりずっと近かった時代があったということだ。


05 なぜ禁じられたのか

その山伏の文化が、戰後に大きく失われていった。

明治時代の神仏分離令の影響もあって、修験道は一時的に禁止された。その後も、山岳信仰に基づく文化は少しずつ縮小されていった。「新」の回で歷史の書き換えの話を書いたし、「射」の回でアイヌの文化が失われていく話を書いた。山伏の文化もその延長線上にある。

なぜ禁じたかったのかを考えると、山を自在に歩き、自然と繋がり、独自の精神性を持つ人々の存在は、管理する側にとって都合が悪かったのではないかという氣がしてくる。「象」の回でゾウの鎖の話を書いたが、精神的な自立を持った人々を縛ることは難しい。だからこそ、その根っこにある文化から断ち切ろうとしたのかもしれない。


06 八百万の神とカムイ

日本の八百万の神という思想と、アイヌのカムイという概念は、根っこが近いと思っている。

「射」の回でアイヌの全てのものに神が宿るという話を書いたが、日本の八百万の神も同じ方向を向いている。山にも、川にも、風にも、石にも、それぞれに神性がある。そういう世界観を持っていた人々は、自然を壊すことへの自然な抑止力を持っていた。

その抑止力の根拠が、自分も神と繋がっているという氣づきにあったのだと思う。山を登ることが神への参拝だったとすれば、登ること自体が自分と神を繋ぐ行爲だった。「登」という字が神事から生まれたのは、そういう世界観の中での必然だったのかもしれない。


07 制作について

今囘も白文。字體は甲骨文字風で仕上げた。擊邊は入れた。彫る前に研いだ。

制作メモ

  • 印 式:白文
  • 字 體:甲骨文字風
  • 印 材:新疆彩凍石(7mm角)
  • 印 刀:刀匠印刀 三號(彫前に研磨)
  • 擊 邊:あり
  •  

     

両足と高坏という二要素を7mm角に收めた。高台に上がる動作の方向感が伝わるよう、全體的に上へ向かう構成を意識しながら彫った。神に供物を捧げるための登りというイメージを持ちながら仕上げた。


08 甲骨文字百顆印 これから

七十五顆目で「登」が加わった。全體の四分の三だ。

登攀と登山の境界線、山岳信仰の核心、山伏という存在、なぜ禁じられたのか、八百万の神とカムイ。今囘は一字からずいぶん深いところまで話が届いた。残り二十五顆も、山を登るように一歩一歩向き合っていく。

 

 

生成AIさんに作成いただいた画像はこちら、

なんか、だまし絵みたいで面白い!いい!

壮大やわ、、、すごいわこれw
なんか、生成の精度がめっちゃ上がってる気がする(´艸`*)
漢字が得意な子に当たった感じ。

 


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