甲骨文字百顆印 第五十四顆 / 白文・7mm角・新疆彩凍石
01 「望」という文字について
| 意 味 | のぞむ |
| 成り立ち | 会意文字。甲骨文字の段階では月はなく、背伸びした人の上に強調した目がある象形で「遠くを眺める」を意味していた。金文から「月」が加えられ、満月の意味も持つようになった。 |
| 部 首 | 月 |
| 現代漢字の畫數 | 11畫 |
甲骨文字に月がなかったというのは、今囘彫って初めて知った。遠くを見ようとつま先立ちしている人の姿だけが起源で、月は後から加わったものだ。「明」の回で月明かりの話を書いたが、月というのは古代の人々にとって特別な意味を持つ天体だったのだろう。金文の段階で月が加わったということは、遠くを眺めるという行為が月と結びついていったのだと思う。
02 望月くんという友達
「望」という字を見ると、望月くんという友達を思い出す。
特に望んでいる様子はなかった、というのが第一印象だ。それはともかく、「望」という字の中にすでに月が含まれているのに、さらに「月」という字をつけて望月という名前にするのは、どれだけ月が好きなのかという感じがする。
もっとも、名前に月が入ること自体は日本では珍しくない。月を愛でる文化が根づいていたことの表れだろう。望の字が月と深く結びついているなら、望月という名前は二重に月を愛でている、という解釈もできる。
03 甲骨文字には月がない
今囘彫った甲骨文字の「望」には、月が入っていない。
背伸びした人の上に、強調された目がある。それだけだ。遠くにある何かを見ようとして、精いっぱい背を伸ばしている人の姿。月が加わる前の「望」は、もっとシンプルに、見ようとする行為そのものを表していた。
その形の方が、「のぞむ」という動詞の感覚に近い気がする。手が届かない何かへ向かって、できる限り背を伸ばす。望むという行為の本質は、月があってもなくても変わらない。
04 月読命の謎
月といえば、日本神話の月読命(ツクヨミノミコト)のことを思う。
伊弉諾命(イザナギノミコト)が黄泉の国から帰って禊ぎをした際に、天照大御神(アマテラス)、月読命(ツクヨミ)、素戔嗚命(スサノオ)の三神が生まれた。いわゆる三貴子と呼ばれる存在だ。天照は太陽、月読は月の象徴とされている。
ただ、月読命は古事記にも日本書紀にもほとんど登場しない。三貴子の一柱であるにもかかわらず、詳細が謎のままだ。なぜこれほど記録が少ないのか、意図的に消されたのか、そもそも別の扱いをされていたのか。「新」の回で歴史の書き換えの話を書いたが、月読命の空白もその類かもしれない、とつい考えてしまう。
05 月にまつわるいろんな話
月については、様々な話が出回っている。
アポロ計画の真偽、月の内部が空洞だという説、月面にヒューマノイド型の異星人が住んでいるという話、人間は宇宙に出られないという主張。どこまでが事実でどこからが創作なのか、一次情報まで辿るのが難しい領域だ。「鑄」の回で情報を精査することの大切さを書いたが、月に関する話はその精査が特に難しい。
個人的に一番しっくりくる月の存在意義は、暗い夜道を照らしてくれるということだ。それ以上でも以下でもない、という感覚が自分には合っている。ただ、新月の夜は本当に真っ暗になるので、満月の有り難みがよくわかる。
06 遠くを見るなという養生訓
今囘の字に関連して面白い記述を見つけた。
丹波康頼が編纂した日本最古の医学書とされる「醫心方」の養生訓の中に、遠くを見ようとするなという一文があるらしい。平安時代に書かれたこの教えは、「望」の成り立ちと真逆だ。
甲骨文字の「望」は、背を精いっぱい伸ばして遠くを見ようとする人の姿が起源だ。目を酷使するな、という養生の発想と、遠くを望もうとするという文字の起源が、まったく反対方向を向いている。どちらが正しいというよりも、時代や目的によって「見ること」への評価が変わってきたのだと思う。
07 希望という言葉
今囘の字は「望」だが、よく耳にする熟語は「希望」だ。
希に望む、という構成だ。「望」だけでも「のぞむ」だが、「希」がつくことで、稀にしか訪れないものを待ち望んでいるというニュアンスが生まれる。いつでも手に入るものは「希望」とは言わない。なかなか届かないものだから希望になる。
「幸」の回で幸せは追い求めるものではなく状態だという話を書いたが、希望も追い求めることより、今ここに目を向けながら持ち続けるものな気がしている。背を伸ばして遠くを見る、でも足元は地に着けたまま。そういうバランスが、望むということの本来の姿かもしれない。
08 制作について
今囘も白文。字體は甲骨文字風で仕上げた。擊邊は入れた。
制作メモ
- 印 式:白文
- 字 體:甲骨文字風
- 印 材:新疆彩凍石(7mm角)
- 印 刀:刀匠印刀 三號
- 擊 邊:あり
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甲骨文字には月が入らないので、背伸びした人と強調された目という二要素で構成した。月なしの「望」を7mm角に収めると、遠くを見ようとする動作の感覚が前面に出てくる。月が加わる前の純粋な「のぞむ」という意味が、そのまま印面に現れた気がしている。
09 甲骨文字百顆印 これから
五十四顆目で「望」が加わった。
背伸びして遠くを見る、月読命の謎、養生訓との矛盾、希望というバランス。一字からこれだけ広がった。このシリーズ自体、一字一字に向かって背を伸ばしながら進んでいる。残り四十六顆、引き続き楽しみながら彫っていく。
・・・うん、ちょっと怖いね・・・(;^ω^)
まぁ、わからないでもない、、、月がきれいだ・・・(´艸`*)
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