對意二字熟語百顆印、53顆目は「今昔」です。
今昔とは
今と昔。
「今昔の感」
今と昔とを思い比べ、あまりの變わり樣で起こる感慨。
時の流れを感じる時、私たちは「今昔の感」を覺えます。
今しかない
こんじゃく。
今があって昔がある。
でもあるのは今だけ。
すべては「今」
今がずっと續いている。
過去も未來も、實は存在しない。
あるのは「今」だけ。
過去は記憶の中に、未來は想像の中に。
でも、それらは「今」の中で思い出され、想像されている。
すべては「今」。
過去は存在しない
過去は、もう存在しません。
記憶として殘っているだけです。
でも、その記憶を思い出しているのは「今」。
過去そのものは、どこにもない。
未來も存在しない
未來も、まだ存在しません。
想像として描いているだけです。
でも、その想像をしているのは「今」。
未來そのものは、どこにもない。
永遠の今
あるのは、ただ「今」だけ。
そして、その「今」は常に更新され續けている。
過去だと思っている「今」も、未來だと思っている「今」も、すべて「今」。
永遠に「今」が續いている。
それが、時閒の眞實なのかもしれません。
時閒の流れは逆?
時閒の流れは過去から現在、未來に流れているようだけど、實は未來から今になって、過去へ流れていくという考え方があり、それを聞いた時、物凄く腑に落ちた。
何だそういうことか。
通常の時閒觀
通常、私たちは時閒を過去→現在→未來という流れで考えます。
原因が過去にあり、結果が未來に現れる。
因果關係は、過去から未來へ。
それが、當たり前だと思っています。
逆因果の視點
でも、逆に考えることもできます。
未來が原因で、過去が結果。
未來に起こることが決まっていて、その未來に向かって過去が形成される。
目的地(未來)が決まっていて、そこに至る道(過去)が作られていく。
量子力學の實驗
逆因果。
量子力學でも、觀測が過去を決めるという實驗結果があります。
「遲延選擇實驗」という有名な實驗があります。
觀測者が未來に何を選擇するかが、過去の粒子の振る舞いを決める。
つまり、未來の選擇が、過去を創る。
腑に落ちた瞬閒
時閒は、私たちが思っているほど單純ではないのかもしれません。
過去から未來へ、という一方向の流れではなく、もっと複雜で、相互作用的なもの。
あるいは、未來から過去へ、という逆の流れも同時に存在している。
その視點を知った時、何かが腑に落ちる。
「あぁ、そういうことか」
世界の見え方が、少し變わる瞬閒です。
昔の方が素晴らしかった
あと、昔は良かったんじゃないかと思う事がいっぱいある。
進步史觀の刷り込み
歷史上、今が最髙でないといけないような史實の改竄や、印象操作的な刷り込みがされているけど、どうやら昔の方が素晴らしい考え方を持っている人や、かなり髙度な技術を持った人が多かったのではないかと思う。
「進步史觀」という考え方があります。
人類は常に進步している、という前提。
古代は原始的で、現代は進步している。
科學技術が發展し、生活水準が上がり、すべてが良くなっている。
そう敎えられてきました。
本當にそうか?
でも、本當にそうでしょうか。
失われた技術、失われた知惠。
それらは、決して少なくありません。
古代の建築技術。
繩文時代の持續可能な社會。
江戸時代の循環型經濟。
それらは、現代よりも優れていた面があります。
失われたもの
現代は便利になりました。
でも、失ったものも多い。
コミュニティ、自然との繋がり、精神性。
數字で測れるもの(GDP、科學技術)は進步したかもしれません。
でも、數字で測れないもの(幸福度、精神的豐かさ)は、むしろ後退しているかもしれません。
消された眞實
都合上、殘しておくと不便なのは、全て排斥していったのではないかと思う。
うーん、なんか持ったない氣がするなぁ、と。
利權に絡むもの
フリーエネルギーについてとか、ソマチッドについてとか、利權に絡むものは全て消されてしまう。
本當のことを言うと消される。
フリーエネルギー:無限にエネルギーを取り出せる技術。
もし實現すれば、石油も原子力も不要になります。
でも、それでは困る人々がいます。
エネルギー産業で利益を得ている人々。
ソマチッド:血液中に存在する微小生命體。
その研究は、現代醫學の根本を揺るがすかもしれません。
でも、それでは困る人々がいます。
製藥産業で利益を得ている人々。
不都合な眞實
本當のことを言うと、消される。
研究を發表した科學者が、不審死を遂げる。
畫期的な發明が、特許ごと買い取られて封印される。
そんな話は、數え切れないほどあります。
何者かの存在
よっぽど人を動かないように、考えないように縛り付けておきたい何者かの存在が見えてきちゃいますよね。
權力を持つ者。
利權を守りたい者。
現狀を維持したい者。
その「何者か」の存在が、少しずつ見えてきます。
覺める人々
そしてその存在に氣付いている人が、どんどん增えててきている。
もう隱し切れない。
眞實は、いつか明るみに出ます。
隱せば隱すほど、疑問を持つ人が增える。
そして、一度疑問を持った人は、自分で調べ始める。
その連鎖が、今、起きています。
價值觀の變化
ものの價値觀が變わる瞬閒が訪れるのは近そうな氣がしますよね。
パラダイムシフト
パラダイムシフト。
今まで當たり前だと思っていたことが、ひっくり返る瞬閒。
その瞬閒が、近づいている氣がします。
天動說から地動說へ。
ニュートン力學から量子力學へ。
歷史上、何度もパラダイムシフトは起きてきました。
そして今、また大きなシフトが起ころうとしているのかもしれません。
根本からの變化
今昔の感、どころではない。
價値觀が根本から變わる。
お金の價値觀。
仕事の價値觀。
成功の價値觀。
幸せの價値觀。
すべてが、根本から變わる可能性があります。
新しい時代
そんな時代が來るのかもしれません。
今までの常識が通用しない時代。
でも、それは恐いことではなく、樂しみなこと。
新しい可能性が開ける時代。
それが、もうすぐそこまで來ているのかもしれません。
制作について - 甲骨文字の選擇
今囘も朱白文で彫りました。
- 構成: 朱白文(今は白文、昔は朱文)
- 字體: 甲骨文字風
- サイズ: 10mm角
- 石材: 靑田石
- 印刀: 刀匠印刀三號
- 擊邊: 入れました
- 印影
古い言葉、古い文字
古そうな漢字だと思ったら、甲骨文字がありました。
「今昔」という言葉自體が、時閒を扱う言葉。
ならば、最も古い文字で刻むのがふさわしい。
そう思って、甲骨文字を選びました。
「今」という漢字の問題
でもミAアさん的には今という漢字はあまりよろしくないらしい。
使わない方がいい?
なぜだかはわからない。
いまと書いた方がいいのかなぁ。
せめてなぜかわかれば、對處のしようがありそうな氣もする。
氣になったので、調べてみました。
押さえ込む「今」
甲骨文字では物を上から押さえ込む形をしており、空閒的な「中をふさぐ」イメージから、時閒が過ぎ去るのを「この瞬閒」で押さえ込む意味に展開しました。
らしい。
力技の文字
なるほど、確かに無理矢理というか、力技というか、逆らわない方がいいのに結構無茶してますよ感がある。
本來は、上から押さえ込む必要はなく、自然な流れで起きてることなんだろうね。
時閒は流れるもの。
でも、「今」という字は、その流れを押さえ込もうとしている。
蓋をして、止めようとしている。
循環を止める
全ては循環して成り立っているので、その循環を無理矢理止めてる感じがする。
そりゃ使わない方がいいわな。
調べて良かった。
自然は、循環しています。
春夏秋冬、生老病死、すべては循環。
その循環を止めようとすることは、自然に逆らうこと。
「今」という字は、まさにそれをしている。
だから、あまり良くないのかもしれません。
自然な流れに逆らう
時閒を押さえ込もうとする。
循環を止めようとする。
それが「今」という字に込められた意味。
逆らっている
自然な流れに逆らっている。
だから、あまり良くないのかもしれません。
水は流れるもの。
その流れを堰き止めれば、淀みます。
時閒も同じ。
流れるままにしておけば良いのに、押さえ込もうとする。
その無理が、「今」という字には込められています。
でも、氣持ちは分かる
でも、「今」を大切にしようとする氣持ちは分かります。
過ぎ去る時を、何とか捕まえようとする。
「今」という瞬閒を、永遠に留めたい。
その切なさが、「今」という字には込められているのかもしれません。
人間の儚い願い。
それが、文字になった。
でも、その願いは、自然に逆らっている。
だから、どこか無理がある。
そんな複雜な思いが、「今」という字には込められているのです。
おわりに
「今昔」という言葉から、時閒の本質、進步史觀の疑問、そして「今」という字の意味について考えました。
あるのは「今」だけ。
でも、時閒は未來から過去へ流れているのかもしれない。
昔の方が、素晴らしかったことも多い。
消された眞實が、たくさんある。
そして、「今」という字は、時閒を押さえ込もうとする力技の文字。
循環を止めようとする、自然に逆らう文字。
調べてみて、よく分かりました。
文字一つ一つに、深い意味がある。
その意味を知ることで、世界の見え方が變わります。
53顆目。
半分を超えて、また新しい發見。
一顆一顆、學びながら、進んでいきます。
今は押さえ込むもの、昔は流れ去ったもの。でも本當は、すべて循環している。その循環に逆らわず、流れに任せる。それが、自然な生き方なのかもしれません。
【對意二字熟語百顆印 進捗: 53/100】
生成AIさんに作っていただいた画像はこちら
比較されましたか。
補足: 遲延選擇實驗について
「未來が過去を決める」という量子力學の實驗について、少し詳しく。
ヤングの二重スリット實驗
光や電子を二つのスリット(隙間)に通すと、干渉縞ができます。
これは、粒子が波として振る舞った證據です。
でも、觀測すると、粒子として振る舞います。
遲延選擇
ジョン・ホイーラーは、これを發展させました。
粒子がスリットを通過した「後」に、觀測するかどうかを決める。
すると、粒子は過去に遡って、觀測に合わせた振る舞いをする。
觀測すれば、過去に粒子として振る舞ったことになる。
觀測しなければ、過去に波として振る舞ったことになる。
未來が過去を決める
つまり、未來の選擇が、過去の現實を決める。
因果關係が、逆轉している。
これが實驗で確認されています。
時閒の不思議
時閒は、私たちが思っているほど單純ではありません。
過去・現在・未來という一方向の流れではなく、もっと複雜で、相互作用的なもの。
量子力學は、そんな時閒の不思議を明らかにしています。
「今」を押さえ込む必要はありません。
すべては繋がっていて、すべては流れている。
その流れに身を任せることが、自然な生き方なのかもしれません。

