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唯我独尊

任天堂信者で、映画、ヒーロー物、格闘技好きな左翼オヤジの独り言。

昨日、ついにマザー3をクリアした、そして涙した。


このシリーズは、いつもの事ながら、終わりたくない

まだこの冒険を続けていたいと思わされる。

今回は、これまでのシリーズ以上に、辛い内容だったが

原作者である糸井重里氏の、心の原風景を投射している

のかと推察した。


母とは、善も悪も、過ちも至らなさも、未熟さも、エゴも、全て

を包み込む、大きな概念的存在である事を改めて思い知らされた。

私の母親が、脳梗塞で倒れ、入院している。

呼びかけには反応するが、今では会話すら出来ない。

これは私の自慢なのだが、現代に蘇ったナイチンゲールとでも言

うべき、心の大きさと、優しさを持った母だっただけに、人の宿命

とは言うものの、老いさらばえて行く姿は痛ましい。

そいうい状況にあるだけに、マザー3から発せられたメッセージは

私の心の深い部分に感応した。


ネタバレになるので、詳しくは言わないが、ラストの闘いに込められた

メッセージは、冷戦以後、繰り返される世界各地での血なまぐさい

争いに対する、糸井氏の訴えであると受け止めた。


もちろんゲームとしても秀逸だし、音楽も相変わらず見事である。

生きとし活けるもの全てに発せられた、心のメッセージ、マザー

3を、是非とも多くの人にプレイしてもらいたいものである。

特に、早撃ちブッシュ氏に。


渾身の作品を創り上げた糸井氏は今作を持って、マザーシリー

ズを完了すると述べている。

まことに残念な事ではあるが、今作をやってみて、ここまで

のものを創ってしまったら、N64時代のいきさつも含めて、

やむをえない事と納得せざるを得ない。


さらば!!マザーな日々よ。


教育とは何か?

一般に、知育、徳育、体育が教育の三要素と言われて

いるので、まずそれを踏まえて、個々に述べてみたい。


まず知育であるが、御承知のように、読み書き、算術の

類である。これには、そのレベル、用途に応じて様々な

ものがあるが、今日、そのレベルが下がって来ている

との指摘がなされている。これは子供たちに原因が

あるのではなく、親も含めて、教える側に多くの問題点

がある。

その一つは、知的好奇心を高揚させる方法論に欠けて

いるという事である。つまり聞いている者にとって面白く

なければダメだという事だ。例えば実験で御馴染みのゼン

ジロウ先生の話や、世界一受けたくなる授業といった

番組が人気があるのがその証拠である。面白ければ、

言葉を変えると知的好奇心をくすぐられると、皆、関心を

示す。それは子供も同じである。また、予備校や塾などで、

有能で人気のある講師というのは、授業術に長けた者である。

その事を踏まえた、子供たちの知的好奇心を高揚させる方

法論の研究は、焦眉の課題である。

今一つは、経済的な問題で、進学を諦めざるを得ない者の扱い

である。初めから将来が暗い者が、真面目に学問に取り組

むという事は、なかなか難しい。

であるから、真に学びたい者には、国家財政を出動させて

でも保障する制度を作るべきである。その反対に、学問は

そっちのけの学校商売的な学校は、廃止させるべきである。

人には、学問に向く者と向かない者がいる。それを無理やり

行けばよい式で、大学等に行かせるのは、これまた問題が

ある。そういう者たちには、それぞれの適性や希望、嗜好に

応じた職業訓練的な施設を作るべきである。何も読み書き

算術だけが、知育ではない。知というのは、知識だけでは

なく知恵の知でもある。技術、技能を学ぶ事もまた、大切な

知育の一環である。


次に、体育である。体育というと、なんだか体を動かしたり

、各種の競技をする事に傾きすぎているが、本来の体育は

体を育むという事であって、競技をしたり、運動ばかりをする

事ではない。その意味で、今日の体育教育は大きな誤りを

犯し続けていると言わざるを得ない。この誤りが、教育能力

のない、大量の体育教師という、訳のわからない知的レベル

の低い一団を生み出す結果になっている。

体育の本来あるべき姿は、栄養学と生命科学を中心とした、人間

の体はいかに造られ、それを維持、強化する為には何をすれば

良いのかという事を学ぶ事である。当然、食育もこの範疇に入る。

運動はあくまでも、ストレッチや、トレーニング方法の解説と指導

にとどめ、各種の競技は、関心のある者だけが、部活などで

行えば良いのである。


最後に徳育であるが、これは、右翼や、保守の愚か者どもが

とりわけ好物としている分野であるので、次回じっくりと論じる

事とする。

教育の憲法と言われる、教育基本法が、1947年の

制定依頼、戦後初めて改定されようとしている。

自民党や保守の愚か者どもが、TVのインタビューを

受け、小躍りして喜んでいる姿を見るにつけ、この国

の文化レベルの低さに、愕然とし、この国の国民である

事を、心から恥ずかしいと思った。


教育の荒廃が叫ばれてから久しいが、保守の阿呆ども

は、声を揃えて、戦後教育の誤りが今日の教育の荒廃

をもたらしたと、馬鹿の一つ覚えのように言っている。

これはまさに天に唾するものである。

戦後もっぱら政権を担ってきたのは、どこのどいつだ。

戦後の文部行政を取り仕切ってきたのは、誰なのか?

責任は誰にあるのか?そんな事は自明の理であり、今に

なって、戦後の民主教育が悪かったなどとは、どの面下げて

言えるのか、自民党や保守の馬鹿者どもに答えてもらいたい

ものである。


教育の荒廃の原因が、戦後の民主教育にあったのだから、改善

する為には、戦前の愛国教育に戻せば良いというのでは、、第二次

世界大戦の反省などは、微塵もなかったという事になる。


今回の改訂の目玉が、愛国心の押し付けである。国を愛する

心は素晴らしいものであり、否定はしない。だが、個人の心情に

まで立ち入って、愛国心を無理やり持たせようというのは、いささか

無茶な話ではないか。

国が国民に愛される国政を行えば、自然と国民は国を愛するよう

になる。そういう関係性の中で育まれるのが、真の愛国心であり

、無理やり国を愛せというのは、どだい無理な話なのである。


愛国心を巡る状況の中で、昔の事を思い出す。

とある先輩が、最近の後輩の態度が悪い、先輩を先輩とも思わないと

私に愚痴った。私はその人に、先輩が日常の中で、先輩らしい行い

をしていれば、後輩諸君も敬意を払ってくれるだろうが、年が上という

事だけで、先輩として敬えと言っても、反発されるだけだと忠告した。

これは、まるで、愛国心を巡る論議と同じではないか。

無理強いでは、絶対に愛国心は育たないのである。

肝要なのは、国民が愛したくなる国になる事である。


久しぶりに、映画らしい映画を見た。
ナイロビの蜂 のは、まさに傑作であった。

世界中が涙した壮大なラブストーリーという
キャッチコピーが付いているので、私はやや
引いていたが、妻が見たいというので、映画好き
の私は、まあいいかという程度の気持ちで見に行った。
ところが、嬉しい方に裏切られた。キャッチコピーは
偽りではないが、そういう側面もあると言ったほうが正確である。

ラブストーリーと、サスペンス、そして社会派ドラマが見事に
融合し、ドキュメンタリーを見ているような錯覚に囚われる程に
見事な演出であった。

製薬会社がアフリカで結核の新薬の治験を行っているが、そこにはあ
る秘密があった。その問題を追及していたイギリスの外交官の妻で、
社会運動家の女性が殺され、夫である外交官が、妻の足取りを辿る中で
ついに、その秘密に辿り着く。そして、妻の自分に対する大いなる愛をも
知る。といった話である。
このような、資本主義の本質を告発する映画の場合、ややもすると、特定の
政治勢力によるプロパガンダ映画になりがちであるが、この映画が傑作たる
所以は、ラブストーリーとサスペンスを、巧みにエッセンスとして融合させる
事によって、心に響く作品として成立せしめている所にある。

当日は平日にも関わらず、最近では一番観客が入っていた。老若男女を問
わず幅広い層で、カップルが多かった。たぶんに壮大なラブストーリーに
惹かれて来たのであろうが、アフリカの現実、資本主義の本質を見事な
演出と、リアリティ溢れる俳優の演技で見せられ、結構度肝を抜かれたので
はないだろうか。

劇場のラウンジに、大きな看板が立っていて、見た者のメッセージがたくさん
貼ってあった。平和ボケしている事への反省の意見が多く、アフリカの現実
を初めて知ってショックしたとか、何か出来る事から始めなくては等の意見
も多く見られた。この反応こそが、監督が意図した事であろう。

この映画は、絶対のお勧めである。傑作とは、こういう映画の事を言うのである。
ちなみに妻の役のレイチェル・ワイズは、この映画でアカデミー賞の助演女優賞
を受賞したそうであるが、納得の熱演である。

先日、退社時に、昔馴染みの先輩と久しぶりに逢った。
生活が苦しく、今より収入が良い仕事があったら転職
したいと、愚痴っていた。

私の会社は、数年前から50歳になると、一旦退職し、
再雇用されるという仕組みになった。その際、賃金は
以前の3割引になる。もちろん残業手当も3割引だ。
しかし、仕事は以前と変わらないか、それ以上になる。

会社が赤字だから、リストラで首になるよりましだとい
う事で、労働組合は反対しないどころか、推進の立場
を取り、一従業員である私たちの切実な声は無視された。

先輩はやや晩婚だったので、2人の子供は、まだ小学生
だ。結婚と同時に購入したマンションや、その後購入した
車のローンが重い。まさか3割引になるとは思っていなか
っただけに、人生設計は大いに狂った。

格差が拡大していると、巷間言われているが、自分の
身の回りを見渡せば、あちらこちらに格差社会の実像
が顔を出している。                  
                               つづく



現在開催されているE3で、任天堂の新世代機Wiiの新たな

秘密が明らかにされた。それは、コントローラーにスピーカー

が内蔵されているという事である。


まさにコロンブスの卵的発想ではないか。Wiiは、従来のゲーム

を革命するマシンであるが、その最大の特徴は、コントローラで

ある。画面に向かって、コントローラーを様々なアクションで動か

せば、画面上のキャラや各種のマシンが、様々に動くというもの

なのだが、コントローラーにスピーカーが付く事によって、例えば

刀やライトセーバーで闘うゲームの場合、手元で音がするという

のは、圧倒的な臨場感を生み出す事になる。あるいは、シューテ

ィングゲームでは、手元で発射音がするのだ、しかも振動機能も

あるので、臨場感が高まらない訳がない。TVの音と、手元での音

の組み合わせや演出方法で、これまで体験した事のない、ゲーム

の領域に我々を導いてくれるであろう。

これまで、ありそうでなかったこの機能を思いついた任天堂は、流石

というほかない。


さらに、Wiiは眠らないマシンで、電源を切っていても、ネットに繋いで

あれば、メーカー側から、新しいコースやマシン、武器などをVerUP

出来るらしい。岩田社長曰く、ゲームが毎日新しくなる機能を搭載

しているというのである。一度ソフトを売れば、それで終わりであった

家庭用ゲーム業界に、オンライン系ゲームの発想を取り込んだよう

なサービスである。


一方PS3の方は、傾きセンサーと振動機能の相性が悪いとして、振動

機能を削ってしまったが、シューティングや、刀の闘い、釣りなどで、

振動がないという事は、気の抜けたビール以下である。とりわけPS3の

看板ゲームである、メタルギアソリッドのファンはガックリだろう。

ところで、傾きセンサーと振動機能が相性が悪いというのは本当なのだ

ろうか?

任天堂のWiiには、振動機能が付いている。しかもPS3のコントローラー

とは、比較にならない位、高度なコントローラーであるにも関わらずである。

本当のところは、特許侵害でアメリカでの裁判で負けたから、振動機能を

使えなくなったからではないのかというのが、ネットでのもっぱらの評判

である。真偽のほどは知らないが、もしも事実だとするならば、なんとも

往生際の悪い話ではないか。


しかも一説によると、PS3のCPUであるセルは、その機能を引き出すの

が難しく、ソフト開発はかなり困難を強いられるとの事で、今回E3で披露

されたデモ画像の一部は、PS2版をHD処理したもであるらしい。あるい

は、大人数を描画するまでのセルの能力を引き出せていない為、大人数

のゲームは今回なかったなどの話もある。いずれにしても、PS3発売時点

では、ソフトの数はかなり少ない事だけは確定のようである。

SONYはPS、PS2の成功で、何かが狂ってしまったのであろうか?


年末から来年にかけて、Wiiの旋風が吹き荒れる事が必至の情勢にある。

とりあえずはhttp://www.nintendo.co.jp/n10/e3_2006/index.html ここにある

E3におけるWiiのデモ映像を見て欲しい。ゲームの未来が見えるであろう。

いよいよ明日から、世界のゲームの祭典E3が開催される

開催に先立って、ハードやソフトの各社のプレスカンファレ

ンスが行われた。

そこでSONYは、次世代機プレイステーション3(以下PS3)

の発売日、価格、コントローラーを発表した。


まず問題なのはコントローラーである。昨年発表して評判の

悪かった通称バナナ型を改め、なんとPS2のコントローラー

とほとんど同じものになっていた。しかも、任天堂の新世代機

Wiiをパクって、傾きと加速度を検知する機能を付与し、その

変わりに振動機能を外し、ワイヤレスを標準にしている。


SONYは、本当にゲームの事が判っていない家電屋だという事

が、改めて示されている。まず他機種のウリを発売前にパクると

いう行為自体がみっともないが、それ以前に、家電業界であれば

他社の機能をパクるのは当たり前かもしれない。その証拠に、家

電の場合、たいていどこのメーカーの商品も、似たような機能を

持っている。しかし、ゲームというジャンルにおいては、他と違う

斬新さ、驚き、面白さというものが第一義なのだ。既にあるもので

あれば、その価値はない。


何故なら、任天堂前社長の山内氏が喝破しているように、ゲームと

いうものは生活必需品ではない。無くても困らないものである。だ

からこそ、常にユーザーの驚きと感動そして好奇心を惹き付け続

けなければならない。それが出来なければゲームは、生活の中か

らいつでも排除されるものなのである。

任天堂が時として、損得勘定を離れた実験的な商品を開発したり

するのは、常に危機感があるからである。


任天堂とSONYやMSとの違いを、岩田聡任天堂社長は、「SONY

さんやMSさんは、生活に必要なものをつくって来た会社。そこが

任天堂とは違う」と述べている。任天堂が今年発売する予定のゲー

ム機は、PS3やXBOX360のような次世代機ではなく、新世代機で

あり、名称も、誰も思いつかないWii(ウィー)という名前にしたのも、

ゲーム機は生活必需品ではないという、極めて冷静な視点からの

発想である。これが解からないSONY首脳陣は、パクるという情け

ない行為に出たのである。

しかも、パクり方が情けない。PS3の総元締めのクタケン氏はPS3

のコントローラーを非常にエレガントだと世迷言を言っているようであ

るが、Wiiのコントローラーは動きを検知するモーションセンサー搭載

であり、PS3のコントローラーは、傾きを検知するに過ぎない。

これは雲泥の差であり、PS3のコントローラーで出来る事は、Wiiでは

当然出来るが、Wiiで出来る事がPS3では、一部しか出来ないのである。

つまりPS3のコントローラーは、Wiiのコントローラーの劣化バージョン

なのである。


実は任天堂はSONYがパクってくるのを想定していたようで、既に宮本氏

が「コントローラーをパクるかどうかは、ゲーム機メーカーのプライドの

問題である」と皮肉な発言をしていた。Wiiには、もっと凄い秘密がある

ようで、それに自信があるので、SONYのパクりなど気にしていないという

説がある。それが本当かどうかは、数日中には判明する。


価格は62800円である。例によってSONYは税抜き価格で発表して、少し

でも安く見せようとしているが、みっともないのでやめたほうが良い。

これが20GHDD搭載の安い方で、60GHDD搭載タイプはオープン価格と

なっているが、例のクタケン氏は「安すぎるくらい」などと、与太話をしている

が、この価格では一般に普及するのは、難しいと言わざるを得ない。

自ら墓穴を掘ったといってさしつかえないだろう。いずれにしても、答えは

11月11日の発売日に出る。終わりの始まりの日、クタケン氏のコメントが

楽しみである。


それにしても、スクエニのスタンスは見事である。FFの新作はPS3で出すが

ドラクエの新作「ドラゴンクエストソード」を、Wiiと同時発売ソフトとして開発中

と発表した。ねずみは船が沈没するのを事前に察知するというが、スクエニの

嗅覚は、何を指し示しているのだろうか?


来週にも共謀罪 の国会審議が山場を迎えようとしている。


そもそもこの法案が提出されたのは、テロや犯罪組織の

横行を未然に防ぐという触れ込みであった。つまり、実際

に犯罪が起きる前に、話し合っている時点で犯罪として取

り締っておこうという発想である。

であるならば、対象をテロや組織犯罪に絞ればよいのであ

るが、どうもそうではないらしい。我々一般市民も対象にな

っているのだ。


例えば、飲み屋で酒を飲みながら上司の悪口を話し合い

酔った勢いで、やっつけてやろうなんて話したら、即アウト

である。あるいは、労働組合で、闘争戦術の会議を持てば

場合によっては、威力業務妨害共謀罪で逮捕なんて事も

ありえるのだ。

さらには、CDのコピーをしようと話しただけで、実際にやら

なくても、著作権侵害共謀罪が成立するという具合である。

こんな法律が成立すれば、とにかく、息苦しい社会になる

事は間違いない。盗聴法などと組み合わせれば、とんでも

ない警察監視社会になってしまう。まるでSF映画のような

話だ。


こんなトンデモない法律案にも関わらず、国民の関心が

薄い。これは、野党やマスコミの宣伝不足と、国民の政治

に対する無関心というか、監視能力の低さが原因であるが

ようやく、民主、社民、共産の各党や市民団体、法曹界、

ジャーナリスト、そして学識経験者などが、反対や疑問の

声を上げ始めた。成立阻止の取り組みはこれからという

ところである。


戦前の日本には、治安維持法 という法律があった。この

法律によって、政府に反対する運動は全て封じられた。

集会結社の自由が奪われたのである。そして日本は暗い

戦争の道に進んでしまった。


民主主義の基本は話し合う事であるのは、今さら言うまでも

ない。人と人は、話し合って初めて解り合える。しかし、共謀罪

は、話し合う事自体を、取り締る。

まさに、民主主義の破壊そのものである。政府は答弁で、そんな

事にはならないと言っているが、それなら、対象をテロや組織犯罪に

限るとするべきである。あえて、それをせずに、取り締る対象を

広くしている意図は、どこにあるのであろうか?


彼らの最大の狙いは、治安維持法体制の再来なのではないかと

推測される。

自民党員、及びその支持者は、この法律の持つ意味を、本当に

解かっているのか問うてみたい。

憲法改悪の動きと併せて考えて見る時に、自民党は、この国をどこに

連れて行こうとしているのだろうか?


民主主義の危機が、そこに迫っているのである。



亀田兄弟は本当に強い。


私は、格闘技が大好きで、子供の頃からよく見ているが

亀田長男は、日本ボクシング史上最も完成度の高いボク

サーだと断言出来る。


オフェンスとディフェンスが、あれだけ完璧に出来上がっ

ているのは、驚異的と言わざるを得ない。

過去にも、具志堅用高や大場政夫という、バランスの取れ

た強いボクサーがいるにはいたが、どちらも一発強いパンチ

をもらうと、バランスが崩れかねない危うさがあったが、亀田

長男には、それがない。


今日の試合でも、いいパンチを2~3発もらっていたが、バラ

ンスが崩れない。そればかりか、反対にさらにいいパンチを

打ち返していた。上下の打ち分けも素晴らしい。

顔面のガードが固ければ、脇腹に強烈なフックをかまして、顔

面にワンツースリーとパンチを放つ。

そして、凄いのは、パンチが効いたと見るや、矢の様なパンチ

の雨あられ、手数が止まらない。、まるで、北斗百裂拳である。

あんなパンチを打たれては、対戦相手はたまったものではない。

しかも、軽量級にも関わらず、フライパンを曲げてしまうパワーが

あるのだから、シャレにならない。世界チャンピオンになるのは

時間の問題だろう。


次男は、まだ経験が浅いので、荒さは目立つが、これまた17歳

の年齢が信じられないほどの、強烈無比なパンチだった。

ボディブローの連打でKOである。対戦相手は、今晩は悶え苦しむ

事だろう。今のところ攻め込まれた事がないので、受けに回った場

合の闘いっぷりも見て見たいものであるが、間違いなく、将来世界

を狙える器である。


この兄弟が最も優れている点は、前回の試合の反省点を、次の試合

で、修正してくるという事である、これは言うは易し、行なうは難しであ

るが、彼らはキチンとこなして来るから、驚きである。

長男は、一発狙い過ぎて単調な攻撃になっていたのを、今回は、ジャブ

を放ってから試合を組み立てるという風に修正して来た。しかも焦らず

冷静に構えていたのは、たいしたものである。

次男は、KOを焦るあまりに顔面パンチを入れようとしすぎて、相手の

なりふりかまわない顔面ガードを崩せず、無念の判定勝ちになってし

まったが、今回は、顔面がダメならボディーへと、攻撃のバリエーション

が広がっていた。


こんな事が可能なのも、トレーナーである父親の指導が適切なのと、

本人たちの、たゆまぬ努力の賜物である。大口を叩くのも、そういう裏

付けがあっての事なのだ。プロとしてあっぱれである。


三男は、どんな試合をするのか見た事がないが、父親と長男、次男が

口を揃えて、宇宙人だ、天才だというからには、驚異的な実力を持って

いるのであろう。北京オリンピックが楽しみでしかたない。


久しぶりのガメラ新作を見た。「小さき勇者~ガメラ」である。

なかなかの秀作であった。

CMなどで見るところ、特撮ファンとしては、あのガメラの造形

はいかがなものかと思っていたが、実際にスクリーンで見ると

あのストーリーには、あのガメラが必然であった事がよく解った。


まず驚かされたのがオープニングである。まさかの展開とは

この事である。なるほど、そういう事だったのか。(ネタばれの

為、あえて抽象的表現にする)


また、敵怪獣のジーダスは、初代ガメラの初めて敵怪獣であった

バルゴンのオマージュなのだろう。さらには、ギャオスへのオマー

ジュと思われるシーンもあった。このジーダスの出来が素晴らしく

良く、この映画を盛り上げる要因になっている。トカゲタイプの怪獣

では、歴代No1といっても過言ではない。日本の特撮技術もここ

まで進化したのかと、感慨を覚えた。


ドラマ部分をきちんと描いている事も、この映画に膨らみをあたえて

いる。ラスト20分の闘いは、息をも付かせぬ快調なテンポで飛す。

爽快感とともに、ジーンと来る展開は見事である。

主役の子供が、演技上手で、監督も見せ場を心得ていて、なおかつ

特撮が素晴らしい。久々にファミリーで見れる秀作である。


惜しむらくは、大人になったガメラの造形が、アレから今一歩成長し

て迫力のあるもであったら、もっと良かったかなと思った。