恐れずに?
恐れずに、自分のやりたいことに
チャレンジしよう。
恐れずに、自分の気持ちを言葉にして
言いたいことを伝えてみよう。
恐れずに、家族や子どもを信頼して
任せてみよう。
恐れずに、自分のために手間や時間や
お金を使おう。
恐れずに、嫌なことから逃げよう
学校や仕事を休もう。
恐れずに、駅のホームから電車に
飛びこんでみよう?
恐れずに、受け容れよう。
恐れずに、手放そう。
って。自分の存在が脅かされるほど
心底なにかを恐れたことがある人には
みんな一緒なんだよ。
区別なんかつかないんだよ。
したくてすることと
させられてしまうことの
違いだってわからないんだよ。
幸せな人と幸せそうに見せている人の
差を見抜くことなんてできない。
とっても不快だけど、疲れるけれど。
恐れながら、生きていこう。
ありのままってそういうこと。
恐れを受け容れて、手放せるまで。
恐れることを恐れなくなるまで。
楽しさや喜びが自分の心に響いて
したいことがわかるようになるまで。
言霊の真実
言葉には霊が宿ると信じられている。
ただ使うべき言葉が取り沙汰される割には
肝心の霊(込められる念、気持ち)の方に
目が向いてないように思う。
「貴様」という言葉は、本来れっきとした
敬語だったらしい。
今の時代、相手を敬い「きっさまぁ~!」と
発する人、敬われたと受けとる人はいない
(多分)。
そこに込められた想いで語感は変わっていく。
ある言葉を発した時に、もし違和感を覚えるなら
その辺りに問題となる何か?が隠れている。
ありがとう
ごめんなさい
ツイている
許します(許してください)
愛しています
嬉しい
幸せです
それらの言葉から、今自分が感じとれる語感が
それを発っする時に込められる(こもる)言霊。
人それぞれに違うもの。
嘘ついてない?
白々しくない?
本当にそう思ってる?
悔しくない?
そういう想いを抱き、念じたら
それがその言葉に結びつき強化
されていくだけ。
言葉の意図と真実の想いが一致してこそ
言霊が宿るということ。
心を温め、気持ちをほどく言葉を選ぼう。
それはとりもなおさず、想いを選ぶこと。
素直に言えたら
気持ちがスッキリし、チカラがわくのだから。
眩しいけれど光の方向に。
闇から抜け出すための道を探すために
じっと目を凝らしても、耳を澄ましても
とりまく闇はますます深まるばかり。
懐を探しさえすれば、きっと見つかる小さな灯。
命と同様に誰もがもれなく持っている。
幸運な人は、最初から明るい灯を持った人々に
周囲を照らされながら、人生の初めのうちに
自分のそれを探し、見つけ、行く道を照らすこと
を教えてもらえるんだね。
一度気がついてしまうことで、いつからだって
探すことも、見つけることもできるはずなのに。
教えられなかったことへの悔しさ、怒り、悲しみ。
そして闇との慣れ合いによって、その小さな灯は
近寄りがたく痛いくらいに眩し過ぎる。
でもそこから目を背けて、光を拒み続ける限り
永遠に深まる闇の中に住み続けるしかない。
今、たった今。この瞬間。
闇の彼方でなく、自分の懐にある灯に目を向けて
そして見つけよう。