「私」と生死
感じたのか、考えたのか、想像したのか、はたまた
ひらめいたのか…?
たしかドラマか何かで、ある人が息をひきとる直前に
大切な人との別れを惜しんでいるシーンを目にした時
ふと頭に浮かんだこと。
大切な人々(場所やモノ、思い出etc…)との別れどころか
当の「自分」との別れなんだよなぁ…
そっちも名残惜しいだろうに。
死はまた、自分として統合している有形無形が織り成す
「私」との別れ。
気がついてみると、ずいぶん幼い頃から知っていたような。
あれ?
そうなると死後の世界や、生まれ変わり、お盆やお彼岸
あの世にもついて回る人格、霊や魂の存在は?
生きてる人にとってはアル。
そうでない人(←もはや「人」でもない?)に
とってはナイ。
生まれてしばらくは「私」を認識できないように
死んでしばらくは「私の消滅」が起こらないのかな?
(個の意識が存在する?)
うーん…^^;
ずいぶん後になってからのことですが
釈迦が永遠のアートマンの存在を否定したという
話を知り、ずいぶんとホッと(!?)したものです。
この点については、エライ学者さんも数多論じている
ようですが、そもそも理屈で解る類いのものだろうか?
と素朴に思ったりもします。
じつはさっぱり読解できないだけなのですが(笑)
アートマンを全体の一つの相だととらえてみると
それは全体の姿でもあり、(他の相からみれば)
異なるものに見受けられるということのような。
主客によって世界が変わります。
…まぁ、いいや。
というワケで、スピリチュアリティに興味があっても
スピリチュアリズムには実感がわかないのです。
死ぬって生まれることと同じように自然なこと。
そしてやっぱり「私」はそれを漠然と恐れています。
ひらめいたのか…?
たしかドラマか何かで、ある人が息をひきとる直前に
大切な人との別れを惜しんでいるシーンを目にした時
ふと頭に浮かんだこと。
大切な人々(場所やモノ、思い出etc…)との別れどころか
当の「自分」との別れなんだよなぁ…
そっちも名残惜しいだろうに。
死はまた、自分として統合している有形無形が織り成す
「私」との別れ。
気がついてみると、ずいぶん幼い頃から知っていたような。
あれ?
そうなると死後の世界や、生まれ変わり、お盆やお彼岸
あの世にもついて回る人格、霊や魂の存在は?
生きてる人にとってはアル。
そうでない人(←もはや「人」でもない?)に
とってはナイ。
生まれてしばらくは「私」を認識できないように
死んでしばらくは「私の消滅」が起こらないのかな?
(個の意識が存在する?)
うーん…^^;
ずいぶん後になってからのことですが
釈迦が永遠のアートマンの存在を否定したという
話を知り、ずいぶんとホッと(!?)したものです。
この点については、エライ学者さんも数多論じている
ようですが、そもそも理屈で解る類いのものだろうか?
と素朴に思ったりもします。
じつはさっぱり読解できないだけなのですが(笑)
アートマンを全体の一つの相だととらえてみると
それは全体の姿でもあり、(他の相からみれば)
異なるものに見受けられるということのような。
主客によって世界が変わります。
…まぁ、いいや。
というワケで、スピリチュアリティに興味があっても
スピリチュアリズムには実感がわかないのです。
死ぬって生まれることと同じように自然なこと。
そしてやっぱり「私」はそれを漠然と恐れています。