「べき、ねば」の深層(真相?) | やわらかこころ塾 since2007

「べき、ねば」の深層(真相?)

ある時、自分が「するべき、しなきゃ」という強迫観念の
権化であるような気がしました。

それって、もしかして本当はそうしたいことなんじゃないの?
という問いかけをしてみると…出るわ,出るわ!の抵抗感と
異論、反論。アメアラレ。

つまりビンゴビックリマーク

もちろんワクワクと望んでるわけじゃなさそうだけど
経験上、そうした方が、そうであった方が
自分に利がある、もしくは無難・相当」という意味では

そうしたいこと。

そうしたいんでしょ?ねぇ?

「ダイエットしたい!」なんて、よく言ってるよねぇ?にひひ

抵抗感や、反論、怒りや恐れの感情がザクザク表れる時
そこにこそ自分という観念を見出しやすいようです。

…さらに、もう少し深追いしてみましょう。

反対に「面倒、ダメ、イヤだ、やりたくない!」類いのこと。
これも本当はそうしたいこと。

ええ!?
ナニ言ってんの? 真逆でしょ、バカじゃない?
(自分の声です)

ええと…かなり説明しづらいですね^^;

それを拒む時、何を感じていますか?
やっぱり「べき、ねば」、もしくはそれに反する罪悪感や抵抗。
そもそもそれがないと、べつに「イヤだ、やりたくない!」と
強く感じたりしないものです。

でも。繰り返しますが

経験上、そうした方が、そうであった方が
自分に利がある、もしくは無難・相当」という意味では

そうしたいこと。

「このケーキ食べちゃダメ!」…ダメ?

じつは何を望んでいるのか、いないのか?
気づくためにはちょっとコツがいるようです。

ちなみに

◯コダワリ(「べき、ねば」、コントロール、支配)
◯優越感&劣等感(プライド)
◯自/他を責める気持ち(被害者意識)&罪悪感(加害者意識)

精神のアキレス腱などとも言われる
この辺りの気持ちの深層(真相?)を俯瞰できるようになると
気づくことが多いかと思います。
折にふれて言葉を探し、こちらに綴っていこうかと思います^^