ウイルスは自己増殖できないから生物と言えないが、AIが自己増殖(自分で自分と同じAIを生産)を行うようになったら定義上は生物になる、と繰り返し書いてきた。

イメージとしては、工場でAIロボットの製造をAIロボットが行う姿が浮かぶが、それとは違う形で生物に、しかも人間に置き換わる程の生物へとなっていく未来も想像できる。

それが、タイトルの機械の体の話なのだが、松本零士の漫画「銀河鉄道999」で、主人公の哲朗が機械の体を求めてメーテルと旅に出ることを知っているのは、我々世代に限定されるのかな⁈ 

特に映画版では、自分の母親を殺した機械伯爵に復讐するために、自分も同じ機械の体を手に入れて、伯爵に対抗できる強さを得ようとしていた。映画の中で、仇の機械伯爵は、メカニカルな、とてもグロテスクな姿をしており、自分もそんな姿になりたいと望むことは、ちょっと理解できなかったが、哲朗の世界では富裕層が機械の体を手に入れるのがステータスで、更に機械の体に非らざれば人に非らず、という特権意識まで定着していた。

この機械の体だが、画面で見る限り、生身的な部分が見えていない。子供の頃、勝手に脳だけが移植されているのだろうと思っていたが、生の脳細胞組織の移植先に金属剥き出しの体はいかにも相性が良くなさそうだ。今考えると、脳細胞ではなくて脳の"データ"が移植されたんだと思う。漫画の世界だが、この"データ"移植は富裕層が納得するくらい完璧で、元の人間の人格がそのまま引き継がれるようだ。蓄積された記憶が単に移されるだけでなく、事前にディープラーニングが十分に実践されているのか、元の人物そのものの考え方、行動ができて、周りは機械の体を手にすることで、人間が半永久的な寿命を手にできると思ったのかも知れない。

現実世界でもAIへの置き換えで、長寿命の"脳組織"を手に入れる人々が現れるのではないかと想像している。そうした形で、人間に置き換わるAI生物が繁栄していく未来、、、。