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Drunk on Speech

このサイトは慶應義塾大学英語会Chief of Speechだった作者が、今まで学んできたこと・感じてきたことを公開しているものです。

大学生向けのエッセイを次々と公開していく予定です。どうかみなさんのSpeech作りの参考にしていただければと思います。


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無いものねだりは子供の専売特許かと思っていたら、今や日本国中無いものねだりで溢れかえっています

「このままではうちの村は若い人が全部出ていってしまいます。とにかく御援助を」
「で、お金を出したら何をするの。何かアイデアはあるの」
「まあ貰ってから考えますわ」

同じようなことも大会に行くとよく聞くのです。例えばこんな感じです。

「どこの高校も社会科を日本史・世界史・地理・政経にわけてバラバラにぶつ切りの知識を教えている。しかし、社会問題が複雑する昨今、これでは複雑に絡み合った問題を分析する知性が育ちません。そこで私は『総合社会』という教科を提案します。文部省は4つの教科の区切りをやめ、総合社会を作るべきです。学校もこれを認めなくてはなりません」

Topicとしては非常に興味深い内容だと思いますが、提案部分がまさに無いものねだりになっています。無いものねだりとはすなわち、「自分ではアイデアが何もないくせに、とにかく現状を変えてもらいたい」というような態度を指します。

彼はとにかく現状の4つの科目の区別を無くしてもらいたいのです。その反面、無くなった後の「総合社会」に対するアイデアはまったく示していないのです。

聴衆が本当に聞きたいのは、「総合社会」がいかに社会問題の分析に役に立つかという、作者が考える具体例です。例えば、「戦後の労働争議は日本史の観点からいくと・・・だが、世界史の流れからいくと・・・とも捉えられる。これは政治経済上は・・・の意味を持ち、現在の終身雇用制にも・・・の意味を持つ。このように、日本史だけで物事を捉えるのと、多面的な切り口で見るのとではこんなに違うのである」なんて言ってくれれば、「面白そうじゃないか」と思うのです。

無いものねだりをするというのは、結局知恵がないということです。しかし、聴衆が欲しているのはSpeakerの知恵なのです。

『勝利のために5』
知恵を絞ってアイデアを出そう


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「あのダイエット食品イイらしいよ」
「へぇ、試したことあるの」
「ないけど」

こういう人の言うことを信じることができるでしょうか。実はSpeech大会に行くとこういうSpeakerばかりいるのです。

「私達は薬害肝炎の問題点について政府に意見を表明すべきだ」なんてことが声高に叫ばれているのを聞いたことがあるでしょう。誰々に意見を表明しろとか、私達は真剣に討議しなくてはならないというのは一種のパターン化しています。

ここで問題なのはパターン化しているということではなくて、「人に言うからにはお前らとっくに自分の意見は政府に表明済みなんだろうな」ということです。

あなたはすでに政府に意見を表明しましたか。政府といっても色々ありますが、どこに意見を表明しましたか。どんな手段で意見を表明しましたか。どんな内容を送ったのですか。それに対して納得のいく返事は来ましたか。返事が来ないのだとしたら次に何をすべきですか。本当に意見を表明すれば問題は解決するのですか。

驚くことに、9割以上人間が第1番目の質問で撃沈します。つまり、「人にやらせようとしておきながら、自分は何もやったことがない」というふとどき者だらけということです。残りの1割の人間が、「返事は来ましたか」というところで脱落します。「返事が来ないのなら現状は何も変わりませんね。次にどうしたらいいのでしょう」というところで沈黙が続いてタイムオーバーです。

メールだけで返事など来るはずがないのです。メールでだめなら電話してみればいいのです。電話なら何らかの答えが聞けます。時間が無いからと逃げられたら、「ご都合のよろしい時にこちらから伺いますので」と切り返せばいいのです。それでも駄目なら、この提案は無効ということでSpeechに入れなければいいのです。もしそれでSpeechの意味が無くなるのであれば、Topicを変えるしかありません。

『勝利のために4』
まずは自分が行動する


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どうして聴衆はあなたのSpeechになかなか共感してくれないのでしょうか。それは、あなたが「自分の知っていること」だけを伝えていないからです。逆に「自分が知らないこと」ばかりを語るので、いんちき臭く映っているのです

「自分が知らないこと」とはすなわち「自分が経験したことがないこと」です

「幼児虐待をしていると思ったら専門家に相談に行きなさい」というのは、3年くらい前は年間20本ほど聞かされたJudge泣かせのTopicでした。そして、このTopicは、Speakerのいんちきの馬脚が簡単に現れる格好のTopicだったのです。

「専門家に相談すれば治療が進み虐待がなくなる」ということをSpeaker達は本当に知っていたのでしょうか。実際に専門家に会ったことすらない人間たちに、そのようなことを判断できる能力はないはずです。

都内にはどのような相談機関がありますか。病院の場合は保険がきくのですか。費用はどれくらいかかるのが普通なのでしょう。事前に予約は必要ですか。平日は忙しい人のために休日も対応しているところはありますか。どんなキャリアの専門家が出てくるのですか。診療はどのような形で行われることが多いのですか。子供にひどいことをして先生に怒られることはないのですか。治療の経過はどれくらいの期間が平均なのですか。

これらはすべて私がQA Sessionで質問したことです。驚くことに、一人としてまともな答えをくれたSpeakerはいませんでした。ようするに、新聞や雑誌で調べたことを切り抜いてきて、自分が経験したり取材する努力を怠り、何も知らないくせに、無責任にそういう行動を起こすべきだと聴衆に訴えていたのです。

自分の肌でつかんだ情報こそが生きた情報なのです。本で調べた、新聞を切り抜いた、という図書館の中で万事が終わる間接情報だけでは、聴衆の心を動かすことはできません。

もう図書館の外に飛び出す時が来たのです


『勝利のために3』
肌で情報をつかむ


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どうしても大会で優勝したいときにやらなくてはならないことが一つあります。それはできるだけ早く自分の原稿を社会人(但し、公平性ため、本選Judge担当の社会人を除く)に見てもらうことです。

多くの学生は社会人の先輩に原稿を批評されることを恐れて、学内予選が終わると自分の原稿を自分の中にしまってしまいます。ちょっとやる気があるとされる人ですら、大会直前に「QA対策をお願いします」と、いきなり原稿を送ってくる程度です。これでは優勝できるはずがありません。

自分がOriginalのカクテルをカクテルコンペティションに出すバーテンダーだと思ってください。お店には自分の師匠がいます。まず何をしますか。

それは師匠に味を見てもらうことです

Brain Stormingは「どのようなカクテルを創るか」、「どのような技法で作るか」を捻り出す場です。決して自分の試作品を味見してもらうのではありません。Brain Stormingに時間をかけたことに満足するようでは、勝てるわけがないのです。

試作品を味見してもらうには勇気がいります。「ジンの分量を変えてみろ」と怒鳴られるだけならまだしも、「これじゃあ話にならん。違うものを作り直せ」と切り捨てられることだってあるのです。

それを恐れて、本番まで自分だけの世界に入っていたらどうなるでしょう。中途半端なカクテルは本番の審査員にこき下ろされ、そこでひとつのシーズンが終わってしまいます

もし本当に勝ちたいのだったら、学内予選の前にでも社会人の先輩に原稿を見てもらうことです。そこで一回地獄に落とされるのです。そこから這い上がった者だけが大会で優勝することができます。

学内予選当日の早朝にようやく原稿が出来上がっているようでは、優勝への階段を一歩踏み外してしまっているのです。

『勝利のために2』
試作品の味見をしてもらう


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優勝するということと入賞するということは決定的に違います。準優勝は優勝の下に従属的に存在するものですが、優勝者の上は青天井です。自分の頭を踏みつける者はいません。優勝者だけが独立した存在として歴史に名を刻むことができるのです。

僕達はやるからには優勝することだけを考えなくてはいけません。それも「圧倒的な優勝」です。誰もが君のSpeechが1番だと認めるようなものを生み出すのです。

Speechをやっていると、「優勝するか入賞するかは時の運、審査員の好みにもよるしね」と逃げることばかり考える人がいます。僕達が目指すべきSpeechは審査員の好みに左右されるようなものではありません。そうやって言い逃れをする人は、どんぐりの背比べで優勝できればいいやと考えている弱虫なのです。

「圧倒的な優勝」というもののイメージが湧かない人はキング牧師のSpeechを聞いてみなさい。あれを目の前でやられたらどうでしょう。

僕達はあれを目指さなくてはならないのです。

「あんなものを作るのは到底無理だ」と思うかもしれません。もちろんちょっとやそっとで作れるはずがありません。だいいち、僕だってあんなものを作ったことはもちろんないです。だけど、目指すべきはあれなのです。

僕は3年生の後期まで優勝したことが1回もありませんでした。なぜ僕は優勝できなかったのでしょうか。それは柔道の篠原選手の言葉を借りれば、「弱いから負けた」という真実につきます。なぜ僕は3年最後のシーズンで優勝できたのでしょうか。まぐれで優勝したのです。どんぐりの背比べです。

しかし、まぐれで優勝することはあっても、まぐれで優勝しないということはありません

どうすれば勝つことができるか、これからいっしょに考えていきましょう。

『勝利のために1』
まぐれで優勝しないということはありえない