まだ前期シーズンが始まっていない2月や3月では、ほぼ全ての現役生が優勝を目指すと意気込んでいる。優勝するためにはどうしたらよいかを貪欲に探求し、それを実践に移そうと試みる。こういう高揚感に満ちているときに気をつけなくてはならないのは、過去に結果を残せなかった上級生の甘い囁きである。
「勝つためだけがSpeech大会ではない。自分の伝えたいことを伝えて、自分が楽しめれば良いんだ」
自分が結果を取りこぼしてしまった過去を正当化するために、優勝したいと意気込んでいる下級生に冷や水をぶっ掛けるようなことを平気で述べる。
前に別のエッセイ で述べたが、「大会で優勝する」ことなどに比べれば、「伝える」ことはその何倍も難しいのだ。伝える価値のあるものをきちんと伝えることが出来れば、その人は間違いなく優勝カップを手にしている。
なぜ優勝カップを手にできなかったかといえば、以下の3パターンのどれかにあてはまるからだ。
1. 聴衆にあなたの主張は伝わったが、その主張がごくありふれたつまらないものだった。
2. あなたの主張は素晴らしいものだったのかもしれないが、聴衆には全く伝わらなかった。
3. あなたの主張もつまらないし、それを聴衆に伝えることも出来なかった。
結果を出せなかったSpeechがどんなものかを大体の割合で言うと、3に分類されるようなものが70%、1に分類されるようなものが29%、2に分類されるようなものが1%程度だと思っておけばよい。
少しでも見所があるSpeechであれば、少なくとも中小の大会のどこかで優勝しているはずだし、せめて福澤杯や大隈杯に出場することくらいはできているはずだ。それすらできなかった人が、「勝つことばかり考えるな」と喧伝することがどれほど間抜けなことかを想像して欲しい。そういう人のウイルスに今から汚染されて、勝利を掴み取る執念を捨ててしまってよいのだろうか。
私は過去の梅子杯のコメント で述べているとおり、敗者とは勝負が始まる前から負けることにうすうす気付いているにもかかわらず、様々な予防線を張り、勝負に挑もうという意識の無い人のことだと思っている。例えばTopic探しや、その中で展開する主張にオリジナリティを付与するという難しいプロセスから逃げてしまったような人だ。そういう人は他の誰かに負けたというのではなく、自分自身に負けてしまったのだ。
それでは、上述したような敗者のウイルスがなぜ毎年猛威を振るうのだろうか。それは、優勝するためには厳しい道を歩まなくてはならないからだ。その過程をこれから進行しようと意気込んでいる、もしくは今まさに進行している現役生に対して、なんとしても優勝カップを取って欲しいと願っている人は常にある程度厳しいアドバイスをしながら彼らを叱咤激励をしなくてはならない。
一方、勝利など重要でないと考えている人物の囁きは、早くこの辛いプロセスから抜け出したいと思っている現役生の弱い心を毒牙にかけて急速に増殖を始める。その結果、何とか頑張ってもらいたいと最後まで厳しく指導した人間が逆に嫌われて、途中で勝利など追及しなくてよいといった人物の方に傾注する人たちが少なからず必ず現れはじめる。
さらに厄介なのは、最後まで頑張って勝利した人の数よりも、途中で逃げ出して結果を残せなかった人の数の方が圧倒的に多いということだ。その結果、数だけ見るとSpeech大会における勝利など重要でないという意見の方が一見すると正しく映ってしまうという事態が起きてしまう。だから優勝を目指している諸君は、周りに流されず、自分がこうありたいという意見がどのようなものかを吟味し、一度決めたら最後までそれを貫くということが大切だ。
昨年、とある現役生のSpeechにアドバイスを送る機会を得た。その人のSpeechは最初はかなり荒削りであったので、Speechの中で一番言いたいことの核は何であるかを長い時間かけて自問自答してもらった。その後も、Originalityを出すために自分のTopicの中で苦しんでいる人たちに触れ合うボランティア活動に申し込むべきだなどとアドバイスをさせてもらい、その人は忙しい学業と両立しながら約10日にわたる活動に全力で取り組み、図書館の中だけでは得ることのできない独自のアイデアを暖めていった。
その過程でその人は大会で結果を思うように残せず、非常に厳しい試練が続いた。普通の人だったら音をあげていただろう。しかし決してあきらめることなくSpeechを改良し、優勝するためには何が必要かを全力で考え続けた。そしてその人の執念に感銘を受けたそのESSの仲間達も勝利を追及する精神を育んでいった。
私がQ&Aの想定問答集はESS全体でアイデアを出し合って英語で用意すべきだとアドバイスすると、その人と周りの仲間達は、知恵を搾り出すために長い時間と労力がかかるにもかかわらず、全体活動としてQ&A対策をほぼ完璧なレベルにまで実施した。その結果、最後の最後の12月の大会でその人は勝利し、ついに優勝カップを手にすることができたのだ。
もしも途中でその人が「優勝することだけが重要ではない」とあきらめてしまったら結果はどうなっていただろう。その人のみならず、そのESS全体が一人を支え、ESS全員で大会にのぞむという素晴らしいチームワークを発揮することができただろうか。
このような好循環を生み出すことに成功したESSは、次の年にもその好循環を続けようと様々な新しい取り組みを実施していくことだろう。一方、「勝つことだけがSpeechではない」という負け犬の論理に早い段階から染められてしまったESSは、往々にして、以前のエッセイ で述べたとおり今後数年間悪循環を続けてしまうことになる。
優勝できなくて本当に悔しい思いをした人であれば、後輩には自分と同じような悔しい思いは絶対にして欲しくない、是非とも優勝することを追求して欲しいと思うはずだ。自分は優勝できなくても満足だったから、後輩も優勝ばかりを追求せずにそれでいいじゃないかと思う人の頭の構造は一体どうなっているのだろう。
そういう種々のことを念頭に置きながら、新しい流れを作りたいと思っている新任のリーダーは敗者のウイルスに感染しないように万全の体制でのぞまなくてはならない。ウイルスの感染力は強力だ。自分に少しでも弱い心があれば、たちまちウイルスに感染してしまうということを理解しておいて損は無い。
審査と教育の分離についての議論がmixi上で盛り上がりを見せている。相変わらず議論がかみ合わず、mixi上でコンセンサスをとって意思決定をしていくというスタイルは有効ではないだろう。
ただ、君達に伝えたいのは、審査と教育の分離に反対しているメンバーの議論の中身や論理展開、そして言葉遣いを含めた文章表現をよく見て欲しいということ。そうすればきっと、彼らがどの程度の能力の持ち主なのかがはっきりとわかるだろう。
その上で聞く。
はたして君達はどちらの仲間入りをしたいと考えるのか?
2009年は日本の政治・経済にとって激動の年となるだろう。今まで放置してきた数々の諸問題が破裂し、日本の礎が大きく揺らぐことになるかもしれない。そんな時だからこそ、審査と教育の分離を含めた大会の根幹をもう一度見直してみたらどうだろうか。今まで当たり前だと思っていた全てのことをゼロベースで考え直し、どうすれば出場者と聴衆、ひいては時代のニーズに応えられるか、想像力を膨らませて考えるべきである。
多くの有名大会はその大学の創始者を大会の名前として冠している。慶應義塾大学の福澤諭吉、早稲田大学の大隈重信、津田塾大学の津田梅子、同志社大学の新島襄などがそうだ。彼ら創始者に共通するのは、幕末から明治にかけて大きく変化し混乱した日本は、これからどういう国に生まれ変わらなければならないのかということを熟考したということだ。そして、彼らは独自のビジョンを掲げ、自らの理想とする社会を実現するためにはどのような能力を持った人間が必要なのかということを深く考え、その結果として君達の大学を創った。
前述したとおり2009年の日本は大きく混乱し、成長するか崩落するかの瀬戸際にある。ちょうど君達の大学の創始者が生きた時代と同じだ。もしもそうであるならば、創始者がどのような人物を育てたいがために君達の大学を開設したのかを今一度振り返ってみてはどうだろう。
この混沌とした日本を変えるために、創始者が思い描いた教育のビジョンはまだ生きているのだろうか。もし生きているのであるならば、創始者の教育の理想の結果に合致するようなSpeechを披露してくれた人にこそ、大会の優勝者になってもらいたいと考えてしかるべきではないか。
■君達の大学の創始者はどのような人物を輩出したいと考えていたのか。
■それに照らし合わせると、君達の大会はどういう理想を掲げるべきなのか。
■その元に、出場者にはどのようなSpeechを披露してもらいたいと考えるべきなのか。
■そして、そのようなSpeechを適正に評価するには、どのような経験・資質を持ったジャッジを呼ぶべきなのか。
今まで何も考えずにただ繰り返してきたものをぶち壊し、自分達の代から新たに作り上げていかなくてはならないことがどれほど多く、どれほど大変かがよくわかるのではないか。審査と教育の分離に反対するジャッジを排除すると、新しいジャッジのなり手を探さなくてはならないなどと言って、大会の信念を捻じ曲げるような行為がいかに矮小化された狭い視野の中にある情けないものなのかということがよくわかるだろう。
口先だけで「日本一の大会」と語ることは簡単だ。入賞者への賞品やレセプションの豪華さ、小手先の改善活動の延長線上にしかないマネージの改良だけで「日本一になった」と自己満足の域に達してしまうのは、崇高な教育の使命に燃えていた創始者に失礼ではないか。
もっと頭で汗をかいて、一から作り上げなくてはならない大事なものを完成してこそ「日本一の大会」を自称することができるのだと思う。そういう面倒なことを考えて実行して行くのが嫌であれば、君達の大会は極めて自己満足の範疇にあるものにすぎないと考えなくてはならない。そういう大会は、いっそのこと創始者の名前を返上してしまうべきではないか。相も変わらずこれまでと同じ方法で自称日本一の大会を運営しているのだとしたら、名前を返上してもおかしくないと考える人の数は少なくないはずだ。
色々なESSから年に数回のペースで総合レクチャーに呼ばれる。意識の高い現役生諸君の前でレクチャーをさせていただくことは自分にとっても大変勉強になり、その中の数人とは卒業後の今でも連絡を取り合って食事に一緒に行ったりしている。
色々な優秀な後輩達と知り合うことができたが、特に嬉しいのはその中の何人かが、「君達の大学のOpen大会を開いてみないか」という私の突拍子も無い提案を聞き流すだけでなく、本当に実行に移してくれたことだ。
その新設の大会というのが実は梅子杯と安田講堂杯である。梅子杯は2003年の冬に行ったレクチャーに出席してくれた津田塾大学のKさんが、安田講堂杯は2004年の冬のレクチャーに来てくれた東大のN君が陣頭指揮を執って開催までこぎつけてくれた。
当時2年生だった津田塾のKさんは、3年生になると同学年のHさんと二人三脚であっという間にプランを練り上げ、多くの大学の大会実行委員会から運営のノウハウを吸収し、構想から1年も経たぬ間に大会を開いてしまった。
また、当時はまだ1年生だった東大のN君は、少数の後輩と共にコンセプトを作り、OBへの説明を足がかりに計画を進め、2年後の12月に宣言どおり第一回安田講堂杯の開催に成功した。
いずれの二人に共通するのは、4年生になる前に目標を達成し、一から練り上げた大会の開催を果たしたことだ。また、二人とも信頼できる少数の同期や後輩を味方につけ、まずはTopダウンで大半の構想を練り、それが終わった後で初めて他の周りの人間達を動かしていった。
周りの人にお伺いを立て、コンセンサス方式で意思決定をしていくというスタイルでは、大枠のコンセプトを固める前にきっと誰かが反対論者に回り、4年生になる前に新たな大会を開くことなど無理だっただろう。いや、4年生になる前どころか、そもそも梅子杯や安田講堂杯の開催案自体が没になっていたかもしれない。
新たな大会を開くことはそれ自体が非常に労力の伴うことであるが、何よりもその開催の意義を固く信じ、責任を周りに分散させず、一度決めた目標は着実に実行していくという行動力が一番重要となるだろう。
新設大会であるにもかかわらず、梅子杯はその優れたマネージメントで、安田講堂杯は時代のニーズに即した審査体制を築いたことなどを中心に、今では上位大会の仲間入りを果たしたといっても過言ではない。どうか現状に満足せず、残すべきところは残し、変えるべきところは変えながら継続的に発展して行って欲しい。
昨年や今年、私のつたないレクチャーに来てくれたESSの中から、新たに素晴らしいOpen大会が生まれてくれれば、これほど嬉しいことはない。
Open大会を新たに開催することは大変なことだが、そこから得る経験は他では得がたいものになると思う。
何を見てそう思ったかは敢えて書かない。
ただ、あまりに議論の質で差をあけられている。
論理的な意見交換をすることができない。
論理で勝てないとなるとその部分は無視する、もしくは無関係の話題を出して煙に巻く。
書かれている文章の内容も表現もひどく稚拙だ。
もともとの地頭の部分でも相当な差をつけられているのだろう.
しかし、その後の自己研鑽でも取り返しの付かないくらいの差を付けられている。
裏金や談合で意思決定が進んだり、オーナーの鶴の一声で全てが決まるようなレベルの低い組織なら何とか生きることができるかもしれない。
但し、常に論理的な説明と、それに基づいた意思決定が求められる発展形の組織、特に欧米の組織でこんな馬鹿なことを繰り返していたら、1週間で一生相手にされなくなるだろう。
そういうやり取りは、第一線でチームを引っ張り、素晴らしい実績を残した人間がやっているわけではないのが唯一の心の救いだ。
しっかりと実績を残している人はああいう恥部をさらすことは無いだろう。
君達はどちらの部類に入りたいか。
何も考えずに昔から変わらないことを繰り返すだけで生きていけると思うのなら、馬鹿の部類に入れば良いさ。
これから激動の経済が始まり、周りを巻き込んで何かを変えていかなくては生きていけないと思うのなら、少なくともロジック力とコミュニケーション能力を養わなくてはならない。
当然、こちらの道に進むのはきつい。
周りから様々な抵抗も受けるだろう。
但し、日本はもう進歩しなくては生きていけない時代になってしまった。
そのために自分がどうあるべきか、どのような人を手本とすべきなのか、逃げずに考え、練り上げた目標へのステップを着実に実行していくことが必要となるだろう。

