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Drunk on Speech

このサイトは慶應義塾大学英語会Chief of Speechだった作者が、今まで学んできたこと・感じてきたことを公開しているものです。

大学生向けのエッセイを次々と公開していく予定です。どうかみなさんのSpeech作りの参考にしていただければと思います。


Win


こういう事を言う人もSpeechの本質をまるで理解していない。

「ESS界は勝ちを狙ったTopicばかりが選ばれている。自分は自分の伝えたいことを伝えていけばいいのだ」

はじめに言っておくが、
「大会で勝つ」ことなどに比べれば、「伝える」ことはその何倍も難しいのだ。逆に言えば、伝える価値のあるものをきちんと伝えることが出来れば、その人は間違いなく優勝カップを手にしている。

その昔、前期で辛酸をなめ、後期で挽回して大きな大会で何度も優勝を重ねたある女史が、「優勝した大会のレセプションで色々な人と話すうちに、
AudienceやJudgeにいかに自分が言いたかったことが伝わっていなかったのかを目の当たりにしました。自分もまだまだ修行が必要です」と言っていたが、彼女のような人間がSpeechの本質を本当に理解しているのだ。

あなたが、伝えたいことをSpeechに込めて伝えたにもかかわらず、大会で優勝できなかったとしたら原因は3つのうちのどれかだ。

1. 聴衆にあなたの主張は伝わったが、その主張がごくありふれたつまらないものだった。
2. あなたの主張は素晴らしいものだったのかもしれないが、聴衆には全く伝わらなかった。
3. あなたの主張もつまらないし、それを聴衆に伝えることも出来なかった。


大会で勝利を収めた人間は、あなたよりも主張が優れていた、そしてそれが聴衆にきちんと伝わったから優勝カップを手に出来たのだ。
その人達を目の前にして、「あいつは勝つためのTopicを選んだから自分より良い成績を収めた」などという戯言を吐くのは、いやらしい嫉妬以外の何物でもない。伝える価値のあることを本当に伝えることができた人間が、負けるはずなどないのだから。


Win


本当にびっくりしてしまったのだが、こういうことを言う人もいる。

「世の中、何でもかんでも言葉で伝わるものばかりではない。なのに、何でそんなことまでいちいちSpeechの中で言葉にしなくてはならないのか」

もちろん、世の中言葉で伝えたくても伝えられないものもある。しかし、
我々がやっているものがPublic Speakingである以上、基本的に言葉として発せられるもの以上の内容を聴衆に伝えることなどできない

聴衆は基本的にあなたのことを何から何まで知っているわけではない。ベールに包まれた理解できない内容を聞いて、
「○○のことだからきっとこういうことを言っているんだな」なんてことを思ってもくれないし、思ってくれたとしてもそれを理解するだけの術をもっていない。だから、聴衆にどうしても伝えたいのならば言葉にするしかない。言葉に出来ない内容でSpeechをしても、聴衆には伝わらないのだ。

言葉に出来ないようなことを伝えようと思うのなら、Public Speakingなどやめてしまえばいい。
そういう人は今すぐ壇上から降りて、「言わなくてもわかるよ」と言って甘えさせてくれる人達の輪の中で、ぬくぬくと生きていけばいいではないか


Win


これまたおかしな話なのだが、世の中には大会で負けた後にこういうことを平気な顔をして言って人がいる。

「自分はそんな社会問題の専門家でもなんでもない。何でそんなことまでSpeechで語らなくてはならないのか」

自分が選んだテーマについて、聴衆や審査員が投げかけた疑問に答えられなかった腹いせに、「自分はそれを研究している専門家じゃないんだからそこまで伝える必要はない」というのだ。
だったらその人は、なんでそんなテーマを自ら選んでSpeechにしたのか

Public Speakingの基本原則の一つに「説明責任」というものがある。そのSpeechの中で語られていることは
もっと詳しく言うとどうなっているのか、その問題についてどう考えているのか、なぜそう考えているのかについて、Speakerは聴衆に対して説明しなくてはならない。無論、わからないこともあるだろう。そのときは素直に、「わかりません。もう少し調べます」と言えばいいのだ。それを「専門家じゃないのだからわかりっこない」と言ってのけてしまうのだから驚いてしまう。それならば、その人はなぜ、自分が知りたくもないテーマを選び、それを卑しくもPublicの面前で語ろうと思ったのか

Publicの面前で語る以上、Speakerは説明責任を果たす努力をしなくてはならない。
そもそもその意味すら理解していない人間にPublic Speakingを行う資格などないのだ。


Win


後期のシーズンも終わりになると、大会で勝てなかった者に限って、「ESS Speechはロジック重視で面白くない。Speechなんて伝わりゃいいのに、細かいロジックを詰め込んだSpeechだけが勝つなんてどうかしている」という、明らかな負け惜しみを叫びだす

そもそもロジックとは何だろう。私が思うに、

「ロジックとは聴衆がSpeechを聞いている際に心に引っかかるようなところを取り除いてあげるもの」
である。つまり、「それって何か変じゃない?」という疑問をなるべく少なくするのがロジックである。自分の主張を順序だてて丁寧に説明し、聴衆に自然と納得してもらうようにすることがロジックであるならば、ロジックはSpeechに必要不可欠なのだ

そう考えると、そもそもロジックが成立していないSpeechなど聴衆には何も伝わっていないことがわかる。ロジックがきちんとしているという事は、伝わるための必要条件なのだ。だから、
「ロジックなんてどうでもいい、伝わりゃいいじゃん」などということを平気な顔をして世間様に吹聴している人間は、ロジックが成立して初めて物事が伝わるという因果関係を全く理解していない大馬鹿者なのだ。

もちろん、細かいロジックを詰め込んだSpeechがすべて賞賛されるわけではない。ロジックが多少大雑把でも、豪快なデリバリーと美しいレトリック、自分が歩んできた大きなテーマを持って聴衆をひきつけるSpeechも世の中にはある。

しかし、面白いことに、
「ロジックなんていらない」なんて言っている人間に限って、ごくごく瑣末な社会問題をSpeechで取り上げ、自分のESSではPHCSを教えるのにご熱心なのだ。ロジックを多少犠牲にしてもSpeechを美しくする能力やそうした話題を取り上げるだけのバックグラウンドもなく、かといって自分が選んだ社会問題のテーマではロジックをしっかりと考えることもできない。そんな人間に、「ESS Speechはロジックが細かすぎて面白みに欠ける」などと言う権利はないのだ。


Win


2連敗しているときは本当に辛い。1回目の敗退を大いに反省して2回目に望んだものの、実力を発揮できずにまた負けてしまった。

こんな時は、「3度目の次こそは!」としぼむ心を奮い立たせなくてはならない

しかし、全力で復活することを頭に描きつつも、もう1敗することも覚悟しておかなくてはならない。不思議なものだが、2連敗中の時はどんなに頑張っても3連敗してしまうことが往々にしてあるのだ。

全力で取り組みつつ、3連敗を覚悟する。その覚悟がないと、みんな3連敗した時点でSpeechをやめてしまう

3連敗を覚悟して、3連敗を喫した後も努力を続ける人は凄い。
そういう人に限って、3連敗の後に奇跡の3連勝を成し遂げ、有終の美を飾って壇上で輝くのだ