前回は、自分の主張を形を変えて何度も繰り返すのがSpeechの基本であるということを説明しました。この点をもう少し見てみましょう。
英語のパラグラフというのは、基本的に
① 筆者の意見
② サポーティングマテリアル
③ その段落のまとめ、もしくは次の段落へのつなぎ
という形になっていて、②のサポーティングマテリアルは①の筆者の意見の形を変えて繰り返したものだというのは前項で説明したとおりです。ここでもうひとつ注意すべきは、②は同じパラグラフ内にある①の意見にのみ影響を受けるだけでなく、Speech全体を通して貫かれている作者の主張にも沿った形で定義しなくてはならないということです。
例えば、次のような主張のSpeechを考えてみましょう。
「忙しい人ほど日常の中から時間を見つけ、ヨガで心身共にリフレッシュすべきだ」
このSpeechでは前半でヨガの歴史とその効果を説明し、近年特に忙しい人に対するストレス発散効果が高いことをコメントしているとしましょう。そしてその後に以下のようなパラグラフがあったとします。
① ヨガを行うことで心身共にリフレッシュすることができる。
② 例えば私の祖母は地元のヨガサークルに入り、精神を集中し、心を落ち着けることで心身共にリフレッシュしている。以前は引きこもりがちでストレスをためていたが、サークルの仲間と会話が進み、楽しい時間をすごし、性格まで明るくなった。
③ 私たちはヨガを生活にもっと取り入れるべきだ。
この例では、②は①の意見を形を変えて繰り返しており、このパラグラフの中だけ見ると何の問題もなさそうな気がします。しかし、筆者の意見を形を変えて繰り返すということは、パラグラフの枠を超えて押さえなくてはならない原則であるということと照らし合わせると、この内容では問題があるといわざるを得ないのです。
もう一度この作者がSpeech全体を通して言いたかったことを思い出してみましょう。それは、「『忙しい人ほど』・・・リフレッシュすべきだ」ということです。そして、再び②を読んでみてください。一般的に考えて、大学生を孫に持つ祖父母の年代の方が、ちょっとした暇を見つけることができないくらい忙しいといえるでしょうか。そうはいえないと思います。そう考えると、この内容では、単一のパラグラフ内では論理が完結しているかもしれないけれど、Speech全体の流れを考えると、決して整合性の取れている具体例を使っているわけではないことがわかります。
正しくは以下のようにすべきなのです。
① ヨガを行うことで心身共にリフレッシュすることができる。
② 例えば私の父は毎日忙しく働いているが、金曜日は飲みに行かないで、土曜日の朝は地元のヨガサークルに行き、精神を集中し、心を落ち着けることで心身共にリフレッシュしている。以前は忙しくて引きこもりがちでストレスをためていたが、サークルの仲間と会話が進み、楽しい時間をすごし、性格まで明るくなった。
③ 私たちは忙しくても工夫してヨガの習慣をもっと生活に取り入れるべきだ。
本当に伝えたいことを形を変えて繰り返すというのは、Speech全体を通して貫かなくてはならない原則です。にもかかわらず、自分の伝えたいことと直接関係のない具体例や体験が原稿の中に出てきてしまうのは、その人が自分が何を最も伝えたいのかが自分でもわかっていないからです。そして、そういう人に限ってとにかく自分が得た体験や具体例を何でもいいからSpeechの中で紹介したがるのです。しかし、自分の主張が何であるかを理解することなしに優勝することはありません。自分の主張が何であるか、それを繰り返すにはどのような具体例を挙げればよいか、もう一度しっかりと検証することが必要だと思います。
