最近、一部の本選ジャッジ達が多くの大会の審査を務めるにもかかわらず、事前にその大会に参加する可能性がある学生に対して個別にコメントやアドバイスを送ったり、ひどい場合はゴーストライトをしたりしていることに対する懸念がESS界全体で渦巻いているようです。大会で審査を担当する者が、事前にその大会に参加する可能性がある学生に対してアドバイスを送ることは、公平性を鑑みれば絶対にやってはいけないことですから、学生側からの不満・悲鳴も至極当然のものだと思います。
これに対して、色々な反論が出たようです。ここで逐一私の考えを述べているときりが無いのでやめますが、本選ジャッジを務める人間は大会前に学生との接点を絶つことによって自らの公平性を主張すべきだと私は思います。
有能な本選ジャッジの方はSpeechのみならずDebateも強いと思いますので、「不公平だ」という意見に対して、色々な言葉尻を捕まえて論破を試みてくるかもしれません。しかし、そうした努力によって自らの身の潔白を認めさせようとしたところで、一度持たれた不公平に対する疑念が学生の間で晴れることはないでしょう。むしろ、反論を試みれば試みるほど、憎悪にも似た念が沸き起こるのではないかと思って心配しています。
さらに問題なのは、こうしたことに手を染めている本選ジャッジは決して表では反論を行わず、自らは裏でこうした行為を続け、表で正当に自分の主張を述べている潔白な本選ジャッジのみが(その人は決して悪くないのに)ネット上で叩かれるという本末転倒な構図が引き起こされるということです。学生の諸君は、本当に不公平な活動を行っているのは誰なのかを厳しい目で見なくてはなりません。
この件に対して、地域を問わず多くの学生から私のところにメールが届きました。彼らからのメールにほぼ共通しているのは、
① 前から特定の本選ジャッジが大会前に学生を助けるのは不公平だと思っていた。
② 本選ジャッジによるゴーストライトは隠れて行われているようで、必ず白日の下に曝される。自分たちのライバルが本選ジャッジの手助けを受けて優勝したということがあからさまになるたびにやりきれない思いがする。
③ 本選ジャッジにゴーストライトしてもらった人間が誰だかはすぐわかる。ある日突然Speechの内容も英語も劇的に変化していて、何食わぬ顔で自分で書き直したかのように振舞っている。見ていてこちらが恥ずかしくなる。
④ ここ数年、とある特定の本選ジャッジが、「Speechを見てあげる」と大々的に営業活動を続けていて、その本選ジャッジのお気に入りにならないと優勝できないのではないかというプレッシャーがかけられている。どこの大会に行ってもその本選ジャッジの顔ばかり見るので、ますます不安が増大する。彼らにはもういい加減にして欲しい。
⑤ 本選ジャッジにゴーストライトしてもらった人間が上級生にうようよいる。しかし、自分たちの代はそういう行為に手を染めることは不公平なのではないかと疑問に思って、その本選ジャッジに原稿を送ることをためらっていると、「そんなことだから優勝できないんだ。だからお前達は駄目なんだ」と不安をあおってくる。
といったものでした。まったく、こうした不公平な行為を続ける本選ジャッジは、自らの虚栄心を満たしたいためなのか、単なるおせっかいなのか、それとももっと別の思惑があってそうしたことをしているのか、私には到底わかりかねます。しかし、そうした本選ジャッジの行動によって、主役になるべき学生諸君がいい迷惑を被っていることを知り、いつからESS界はこのように堕落した世界になってしまったのかと、悲しくなってしまいました。
これまでの事の顛末を見ていると、いくら警告を発しても、そして学生の間からいくら疑念が上がっても、こうした本選ジャッジは自らの行動を反省し、改善することは無いのではないかと思っています。それどころか、「俺は悪くない。間違っているのは不公平ということを指摘している人間の方だ」と逆切れしてくるのがおちだと思います。そうなると、彼らの自浄作用には期待することはできず、ESS界に公平性を取り戻すことができるのは、不公平な活動を行っているのではないかと疑われる本選ジャッジを大会から締め出すことができる大会実行委員会のみだということがわかります。
しかし、こういう断固たる処置は、「大会の公平性を保つことは、応募してくれたスピーカー、来場してくれた観客に対する我々の義務だ」という強い信念を持った大会実行委員会でなくては実行することができません。ところがどうでしょう。誤解を恐れずにあえて言えば、現在のESS界で「大きな大会」とか「有名な大会」と言われる大会を運営しているESSのほとんどすべてが、ここ数年は真面目にSpeech活動に取り組んでいるとはとても言えないくらいお粗末な成績しかOpen大会で残していません。そもそもOpen大会には応募すらしないESSも多くあるようです。そういう、情熱を持っているとはとても言えない人達が、既存の本選ジャッジを解雇し、新しい本選ジャッジの選定を一からやり直すような面倒くさいことに着手することに期待するのは、ほとんど無理なのではないかと悲観しています。
しかし、真剣に考えてみてください。なぜ不公平な活動を行っている本選ジャッジは、自らの行為に向けられた非難などお構いなしに、決して反省することなく、不公平を助長するような行為を継続するのでしょうか。それは、大会実行委員会自体が脳死状態になっていることを彼ら自身も十分承知していて、どうせ何をやっても自分が本選ジャッジから下ろされることは無いと高をくくっているからだと思われます。
大会を運営する人間にとって、審査の公平性を保つ環境を整えるということは絶対的に必要な事項であって、相対的に必要な事項ではありません。「不公平だけど英語力がある」とか、「不公平だけど他にも素晴らしい教育を行っているから」とかいって、そういう人物を本選ジャッジとして残すという言い訳は通用しないのです。そういうつまらない逃げ口上を打つ実行委員会は、審査の公平性がいかに神聖なものなのかという基本中の基本がわかっていないのでしょう。そして、せっかく自分が主催する大会に一生懸命努力して出てくれた出場者が、不公平に扱われて悔し涙を飲むかもしれない状況を放置してよいと思っているのでしょう。そんな名ばかりの大会が、「日本一の大会」とか「日本有数の大会」などと自ら謳っているのを見ると、非常に滑稽に映ってしまいます。
大会実行委員会の皆さんには、今一度真剣に公平性について考えてもらいたいと思います。このままこうした状況を放置すれば、確実にESS界は堕落に向かうと思います。そして、不公平な本選ジャッジを招待し続ければ、自分たちが運営する大会が冷めた目で見られるかもしれないということを認識しなくてはなりません。
このままいかがわしい本選ジャッジを招待し続ければ、「あの大会は、19世紀の偉人たちの名前を借りただけの過去の遺物のような大会だ」と陰口を叩かれても文句を言えなくなると思います。せっかく自分たちが努力して作り上げた大会が、本選ジャッジの不公平な行為によってその名を汚されてしまうことほど馬鹿馬鹿しいことは他には無いと思いませんか。
不公平の連鎖を絶つことができるのは大会を運営する学生諸君のみです。学生諸君の正義感に今後は期待したいと思います。