パチスロ人生 6
モーニングがきっかけでパチスロを打つようになったが、やはりそこは、千円単位の遊技。パチンコより使うお金のスピードが早い。それでもこのろくでなしはパチスロに夢中になるのである。その頃の打ち込んだ台は、マジカルベンハーである。ボーナス絵柄に7以外に3を採用した台である。なにが楽しいかって、ボーナスフラグが成立したら、ボーナス絵柄を引き込もうとリールがズルリと滑るのである。もう、そのスベリにノックアウトである。しばらくして、ライバル店に新台として導入されるのだが、こっちは全く違う機種みたいな挙動を見せるのであった。この続きの話は、もうちょっと後で。
パチスロ人生 5
当時、体育会系の部活に所属していたおのれは、長期のバイトができなかった。ゆえに、シーズンオフになる年末が稼ぎ時であった。夕方五時から朝8時迄の郵便物の仕分けのバイトを入れた。そこで一緒にバイトした友人とバイト明けで開店前から並んだのであった。友人の目的は、パチスロのモーニング。説明すると、あらかじめビッグボーナスのフラグが成立している台を店側が準備しており、それ狙い。自分も訳の分からぬまま、その列に並ぶ。その店は、朝イチは千円で台解放。カニ歩きでのモーニング狙いに対する対策。その店の機種はマジカルベンハー、ワイルドキャッツの二機種。どちらもノーマル仕様。モーニング台にはありつけなかったが手持ちコインでワイルドキャッツで生涯初のビッグボーナスを引く。けたたましいファンファーレが鳴り響き、びっくりしつつ無我夢中でボーナス消化をするおのれ。パチンコと違い、自分で揃えるという事にまた新たな感動を覚える。パチスロに興味を示した瞬間であった。しかし、百円単位で遊べるパチンコと違い、いきなり千円札を投入するパチスロにはまだまだ抵抗があったのも事実。故にパチスロ打つ時はモーニング狙い、ダメなら羽根モノ。というスタイルに移行しつつあった。貧乏学生19歳の冬の出来事であった。
そして、パチスロの魅力にハマるまでにはさほど時間は要さなかった。
現在では射倖心を煽るという理由からモーニング廃止になっているが、当時貧乏学生だったおのれにしてみれば、ありがたいサービスであった。
そして、休みの日は必ずといっていい程この店に通いつめていた。もちろん、開店前から。
M店 七枚交換 機種マジカルベンハー、ワイルドキャッツ
そして、パチスロの魅力にハマるまでにはさほど時間は要さなかった。
現在では射倖心を煽るという理由からモーニング廃止になっているが、当時貧乏学生だったおのれにしてみれば、ありがたいサービスであった。
そして、休みの日は必ずといっていい程この店に通いつめていた。もちろん、開店前から。
M店 七枚交換 機種マジカルベンハー、ワイルドキャッツ
パチスロ人生 4
そんな勝つ術を知らずして結果、負ける事が多いパチンコであった。学生の身分で親からしてみれば、とんでもない息子である。父上、母上、この場を借りてごめんなさい。
当時、パチスロ界では世間を賑わすニュースがあった。コンチネンタルのCS-90事件である。ある手順というか、タイミングというか、なにせ受け付けるはずのない4枚目のコインが飲まれ、ボーナスを狙うと揃いボーナススタートとなる。こういった内容だったと思う。(少しうろ覚えでスミマセン)そもそも、もとから付いてない基盤があとから付けられ、バキバキに連チャンする台がこの頃より多くなる。そして自分もそれにハマるわけだが、この時点では、パチスロ?なんか胡散臭いな。ぐらいな感じで興味がなく、まだ打ってません。
当時、パチスロ界では世間を賑わすニュースがあった。コンチネンタルのCS-90事件である。ある手順というか、タイミングというか、なにせ受け付けるはずのない4枚目のコインが飲まれ、ボーナスを狙うと揃いボーナススタートとなる。こういった内容だったと思う。(少しうろ覚えでスミマセン)そもそも、もとから付いてない基盤があとから付けられ、バキバキに連チャンする台がこの頃より多くなる。そして自分もそれにハマるわけだが、この時点では、パチスロ?なんか胡散臭いな。ぐらいな感じで興味がなく、まだ打ってません。