どこでもドア―(どこでもどあ)
片開き戸を模した道具。目的地を音声や思念などで入力した上で扉を開くと、その先が目的地になる。

(Wikipediaより引用)


 *

あまりにも月がきれいな夜に、似合いすぎる少年がベランダに立っていた。

「ねぇ、ドラえもんの道具で何が欲しい?」

天使に良く似たその少年が、首をかしげながらそう尋ねた。

「どこでもドア」

何の疑問も持たずにそう答えた。

 *


朝、目が覚めたら部屋の中がいつもより暗かった。

ちらっと窓の方に目をやった。窓があったはずの場所は、何故かドアになっていた。

いや、正確には「ドアを模した物体」が置かれてあって、そのせいで、本来窓から差し込むはずだった日光を遮断していたようだ。

そしてその物体はまるで、子供の頃からよく知っているあの未来の道具に似ていた。

「…どこでもドア?」

バジャマを脱ぎ捨てながら、昨日見た不思議な夢について考える。

布団にくるまって眠っていたら、急に窓が開いて、不思議な少年が現れた。
そして、『ドラえもんの道具で欲しいものは?』と聞かれたので、とっさに『どこでもドア』と答えた。

いや、本当にただの夢だったのだ。

だって、窓から来た少年は、まるで天使のように本当にふわりと空から舞い降りてきたし、そもそも見ず知らずの少年が初対面の俺にそんな変な質問をするわけがない。第一、普通窓から人がやってきたらもっと驚いているはずだ。

そんなわけで変な夢を見た翌日。何故かどこでもドアによく似た物体が枕元に置いてあるわけで。

いや、俺には直感的に分かる。

コレは本物のどこでもドアだ。

絶対にそうだ。

そうでなくては困る。

だって、今、8時50分。

俺の会社はここから片道30分。

始業は9時から。

すなわち、俺、遅刻中。


いそいでシャツとズボンを履き、ネクタイとスーツを掴んで例のドアノブに手をかけた。一度ぎゅっと目を閉じて「俺の会社!」と叫んでから勢いよくドアをあけた。


バンッ!


ドアの向こうは、俺の部屋ではなく、会社の汚いロッカーだった。


 *


どこでもドアを手に入れてから、1週間。

結論から言うと、どこでもドアが役に立ったのは、あの最初の一回きりだった。


これは盲点だったのだが、どこでもドアは、結構重い。

そして、ドアなので当然デカい。

すなわち、持ち運びができないのだ。

ドアを使って旅行に行こうにも、ドアを置きっぱなしにしておけば誰かに見つかって、盗まれたり捨てられたりするかもしれない、と思えば下手な場所に出られないし、ドアをどこかに隠しておいたとしても、それが気になって旅行どころではない。
結局、時間がかかってもお金がかかっても、電車を乗り継いで出かけた方が楽しめる。


「旅行なんて、時間をかけて行くからいいんじゃん」


俺が理想と現実のギャップに落ち込んでいると、彼女が横で笑ってそう言った。


「えー?移動時間なんて、少なければ少ないほどいいじゃん」

「そう?行きの電車の中とかで『楽しみだねー』ってワクワクして写真とかとりまくったり、帰りの電車の中で『楽しかったねー』って笑ったり、お互い疲れてそのまま手ぇつないで眠っちゃったりさー。そういうのも旅行の醍醐味じゃん?」

「なるほどねー。確かに言われてみたらそうかも。あー、ちくしょー。なんか騙された感じ。こんなことなら、タケコプターが欲しいって言っとけばよかったよー」

「あんたって本当にバカだよね」

「そんなバカと付き合ってるあなたも相当バカだけどね」

「あら。なかなか言うようになったじゃない」


彼女は笑いながら、右手を伸ばして俺のほっぺたをビヨーンと伸ばした。

彼女と付き合い出して3年が経った。
最初のドキドキはなくなったものの、いつも傍に居てくれて、「バカだね」と笑う彼女は、俺にとってものすごく大切な人だ。


「ねぇ。私ね、就職決まったの」

「すごいじゃん!どこの会社?」

「東京。大阪からじゃちょっと遠いね。休みは平日なんだ」

「そっか。ちょっと離れちゃうね。寂しいね」

「うん。だからね、私と別れてください」


彼女は俺にとって大切な人で。

だから、俺には彼女の口にする別れの言葉が、うまく飲み込めなかった。


「なんで?なんで別れるの?距離のことなら、どこでもドアもあるし。大丈夫だよ」

「距離の問題じゃないの」


彼女は俺のほっぺから手を離し、俺から目を逸らした。


「私の会社、土日が休めないの。休みが合わないよね。しかも、あなたも夜遅いし、私の会社も遅いみたいだから。会う時間全然作れないよ。このまま付き合っても、上手くいかないって、分かるの。」

何故、休みが合わなければ上手くいかないのか。考えても分からない。
でも、賢い彼女がそう言っているんなら、もしかしたらそうなのかもしれない。


「分かった…」

俺の言葉を聞いた彼女は、悲しそうな表情で、目に涙を溜めたまま、カバンをつかんで部屋から出て行った。ドアノブに手をかけた時、なんとなく彼女が「ばか」と口にしたように見えた。俺はベッドに腰掛けた体勢のまま、動けなかった。


 *


例え俺が彼女と別れても、社会は回っているわけで。何事もなかったかのように毎日会社に出勤し、業務をこなす。

そうして日常の中で少しずつ傷は癒えていき、気がつけば1年が経過していた。


「そろそろ、前の彼女忘れて、新しい恋しなよ」

久しぶりに飲みに行った同僚と、そんな話をした。

「んー。そうしたいのは山々なんだけどね」

「ていうか、そもそもなんで別れたの?」

「遠距離だし、会社の休みが合わないから」

「そんなに好きだったんなら、なんで『結婚しよう』とか言わなかったわけ?結婚までは考えてなかったの?」

「は?結婚?もちろんしたいと思って…」


結婚?


別れ際の、彼女の悲しそうな顔。

「ばか」と呟いた後姿。


…もしかして。



「ねぇ。もしかしてさ。彼女は引き止めて欲しかったのかな」

「あんた引き止めなかったの?」

「うん…。思いつきもしなかった」

「もしかして、あんた試されてたんじゃない?『別れて』って言って、あんたが別れるのか引き止めてくれるのか。まー、私に言わせれば、そんな駆け引きをあんたに使うその彼女もバカだけどね」


そうだったのか。


「…ごめん、用事思い出した。俺もう帰るわ」


急いで家についた俺は、押入れの奥から、埃を被ったどこでもドアを引っ張り出した。


「彼女の部屋へ」

言おう。

彼女に「結婚して、大阪に戻ってきて下さい」って言おう。

今度こそ、間違えないように。

俺は静かに、ドアノブを回した。

 *

ドアの向こうは、彼女の部屋のベランダだった。

カーテンの隙間から、部屋の様子が伺える。

当然、東京の彼女の部屋には行ったことがなかったので、初めてみる部屋だった。

初めてみる本棚、初めてみるベッドカバー、初めてみる置き時計。

それらに囲まれ笑っている、懐かしくて愛おしい彼女。

その彼女の隣で笑っている、初めてみる男。


2人は、転がるようにベッドで重なり合い、唇を重ねた。


俺はショックのあまりその光景から目が離せず、カーテンの隙間からぼーっと、彼女を見つめていた。

その時。彼女がこちらに視線をやった。当然、彼女をじっと見つめていた俺と、目が合う。


「きゃあぁぁ!不審者!!」


彼女が俺の方を指差し、叫んだ。


男が振り返ってカーテンを開けようとしたので、俺ははっとして、慌ててドアをくぐり自分の部屋へ戻った。


 *

かくして俺の恋は終わった。

最後に、不審者扱いされるという結末で。


ちなみに、半年後、彼女はその男と結婚したらしく、報告のメールが届いた。

曰く、彼女がストーカー被害にあった時に、男らしくそばにいて守ってくれたことがきっかけで、結婚を決めたそうだ。

「そのストーカー、俺です」とは言えず。

「おめでとう」と一言だけ返信しておいた。
「いらっしゃいませぇ。何名様ですか?」


やたらと濃い化粧に不似合いのダルダルのスウェット姿の女の子が、無表情のまま私たちにそう尋ねた。


「5人。あ、後でもう1人来ますんで」


沢田さんが、慣れた感じで受付を済ませていた。


受付ルームは本当に狭く、3人も入ればいっぱいだった。


部屋に入れなかった東さんと谷森さんの2人は、外で寒そうに縮こまって震えていた。


それにしても、外から見てもそれほど大きくない、1階建ての平屋風味のこの建物に、カラオケルームはあるのだろうか。



つづく
潜在異色という、お笑いライブのDVDを観た。



そのDVDで「たりないふたり」という、オードリーの若林さんと南海キャンディーズの山ちゃんの2人で行う人気コーナーがある。


2人が、舞台なのにチャットを始めたり、女性タレントとの妄想デートの内容を披露したり、それに関してチャチャを入れたりと、2人が一人芝居を交えつつ、自由に楽しむコーナーだ。


その中で、お互いのストレスの解消法を披露しあう、という企画があった。

ストレスの溜まる状況(『エスカレーターでカップルが横並びに並んでいたので、追い越すことができなかった』など)をあげていき、そんなストレスをどうやって解消しているのか、を一人芝居で再現するのです。


オードリーの若林さんが「一張羅ダスト」と名付けたその方法とは、

大事な服やお気に入りの服を、ただひたすらゴミ袋へつめて捨てる

というものだった。


「なんで大事なものをそんな簡単に捨てちゃえるの!?」という意味か、客席からは「えぇー?」と非難の声も聞こえていました。


でも、私には「大事なものを捨てることでストレスを解消する」というその気持ちが凄く分かります。


大事なものほど、何かのきっかけで捨てたり壊したりしたくなるものなんですよね。