本日、最近神戸のポートピアランド跡地にできた「IKEA」に行って参りました。



 結構混んでましたねー。


 この前の日曜日に後輩が行って、そのときにはものすごい並んで入場制限まであったらしいですが、今日はまだ平日だったからかそこまでではなかったですね。


 駐車場もまあよく混んでるなぁくらいで。



 歩いて回って思ったことを書くとこうです。


・全体とりあえず安い。

・雑貨は良い。

・家具のうち、食卓テーブル類は若干チープ感があるため、一生使い続けるみたいな気合の入った家具を買うところじゃないなぁという印象。

・棚類は良かった。機能、質的に見て割安感十分あり。

・システムキッチンは安くて良さげ。

・ベッド類もまあ良いが、学生や子供向けのものが割安感あって良いなと。ベビーベッドはなかなか良かったなぁ。

・勉強机類、割安で良い。重厚なものでなくてよいのであれば十分。

・照明類良い。一人暮らしなら絶対何か買ってた。(所帯持ちが家にマジに置くものとしては若干おしゃれ過ぎの感あり。)

・レストラン、フードコート安い。(フードコートではホットドッグ100円、ソフトクリーム50円、フリードリンク100円。質、量的に割安。)



 30代既婚者の私にすれば、全般に見てて「子供のための家具類はIKEAがいいかな」って感じでしょうか。



 まあ良かったです。


 最初私は「黒船来襲、ニトリはもうダメ。」みたいなことを思ったりもしてたのですが、そこまでではないかなと思いました。

 

 家具類はやっぱり自分で作る手間がありますから、年いった人や女性一人だと自分で工具使ってしようという気にはなれないと思いますし。質的にすごく良くて安いという訳でもないですし。おしゃれという意味ではバルス関連(フランフラン等)もあるし。



 休日の過ごし方が一つ増えたというところでしょうか。



 まあいいところですので一度行ってみてくださ~い。(^^)

 私の気づかなかったIKEAの良いところがあればまた教えてほしいで~す。


 最近ドラマが始まった「猟奇的な彼女」。



 前にもこの映画については書いたことがあったかと思いますが、これいいんですよ、映画はすごく。



 前にニコラス・ケイジの「アダプテーション」いいですよーってこのブログで書いて、後でもう一回見てみたら意外にもう一つな感じがしてしまいました。。

 1度目の感動というのは何事につけ2度目以降には薄れるものということでしょうか。




 でも「猟奇的な彼女」は違いますね。

 これまでもDVDでも何回か見てますし、一度映画館でリバイバル上映をしててそれを見に行ったこともありました。

 最初の日本での公開は2003年だったんですが、その時は私は全然その存在に注目していませんでしたし、ほかの多くの人がそうであったでしょうが、スプラッター映画?とすら思っていました。(^^)


 「猟奇的」に当たる言葉は、韓国でも元々は「奇怪な」「異様な」という意味だそうですが、この作品の原作であるネット小説が話題になるにつれ「突拍子もない」とか「いたずらじみた」「かわいい」という意味合いでとられるようになって浸透したんだそうです。



 チョン・ジヒョン(今、アジエンスのCMに出てる。日本に来るの遅いよ~。(>_<))が可愛いくかつ綺麗で、私は大好きなんですよ。

 チャ・テヒョンもいいし。

 日本で言うとイメージは小出恵介かなぁ。ちょっと情けない面も見せるけど決める時はいい顔するみたいな。




 最初にも書きましたが最近、ドラマが始まりましたね。

 映画からすればモチーフだけしか残していないくらい原型をとどめてないので、それはそれで良いとは思います。

 でもなぁ。。韓国と言えば草薙くんなのか。。



 チョン・ジヒョンと黒谷友香って似てると思うんですよ、すごく。

 そんでチャ・テヒョンは小出恵介っぽいなぁと。

 黒谷友香がもう少し若ければできたのかもなんて。(^^)




 見てない人、是非とも映画版見てください。



 「光市の事件」。


 先日の光市の事件、広島高裁差し戻し審判決について。


 シナリオ通りの判決だったということでしょう。

 最高裁が何故差し戻したかというと、高裁で無期懲役判決が出された状態で最高裁に回ってきても、無期懲役にしかできないからです。
 事実認定をする事実審は二審までで、基本的に最高裁は法律審のみを行う場所です。
 法律審とは事実審のした裁判についてその法令違反の有無だけを審理する審級です。

 新たな事実がない限り、懲役刑から死刑への飛躍などできようはずもなく、死刑に至るためには、事実審である高裁での判断がある意味で不適切であったという扱いにせざるを得なかったということです。

 広島高裁としても大変「けったくそ悪い」ことだったでしょう。
 高裁長官からして当初の高裁判決に携わった皆、超エリートの人たちのプライドがずたずたになりますもんね。今後の裁判官人生上でも気持ちの悪いものがつきまとうのでしょうし。
 差し戻しという結論に至るまでにはよっぽどのやりとりが最高裁と広島高裁の間であったんでしょう。



 裁判は司法によるものであり、司法は独立していることになっていますが、政治、行政とともに国家の統治行為の一部であることには変わりありません。

 事実、これについては表だってですが、司法は統治行為論になるような高度に政治的な判断を要する事件に関しては判断しないことにしていますし。


 まあそれはそれとして、これだけ社会的に注目されている事件で、これだけ被告人が悪である蓋然性が高く、反省も偽りである蓋然性すら高い中にあって(←危険な考えかもしれませんが)、これを断罪することができない司法というものが、今のこの国家的に許されないというバイアスもかかったのかなと想像します。

 死刑は社会的にダメージであり、できる限り避けたい選択です。
 が、社会をできるだけ円滑に回していく上で、場合によってはドロップアウトさせるということも必要というか、逆にそれを受け入れる器を我々が持てていない、ある種人間社会の限界が死刑制度そのものな気がします。
 その者をドロップアウトさせなければ、ほかの多くのメンバーが平穏、快活に活動できない、その方が社会的にマイナスであるというか。



 先にも書きましたが、司法も統治行為の一部です。
 テクニカルに、理論に、保守に徹すれば無期懲役だったのでしょう。
 それを許さなかった社会の要請、時代の要請の方が今回は優ったということだと思います。

 この判決による犯罪抑止効果は無論、裁判員制度を控えての国民のリーガルマインド(法意識)の喚起、そしてそれがまた犯罪抑止の裾野を広げていく、そのようなイメージだったのでしょう。


 このような場合に政治から司法に何らかの働きかけがあるものなのかは知りませんが、最高裁もなかなか政治的ですね。ルール無用とか、そんなに悪い意味で言っている訳ではないですよ。

 法律はあくまで法律、社会を回すガイドラインです。
 それを超えれば、常識、良識での判断になるのは裁判でも同じこと。
 裁判って裁判官による究極の主観的判断ですからね。



 とりとめないですね。

 光市の事件に関しては、社会的に大変重い判決だなぁと思っているということです。

 こんな感じでこれまでブログを書いてきたこともあり、一応、こんな感じで触れてみましたが皆さんはどのように考えられたでしょうかね。