書いているのかと言いますと、
我々が生きている現代は、
これまでの歴史の中で始めてとされる
意識の次元上昇というものが
行われると昨今言われておりますが、
その意識の次元上昇または、
この世のありかたを変える事の出来る
力を持った人々というのは、
正統な血統のユダヤ人(スファラディー)
であると思うからです。

これまでの世界は偽ユダヤ人(アシュケナジー)に
支配されてきました。
政治、金融、医療、食糧、情報すべてにおいてです。

現代はこれまでの支配されてきた時代の終焉を迎え、
新しい時代を迎えようとしています。
その新しい時代を迎える為の原動力となり、
リーダーシップをとるのがユダヤ人(スファラディー)
だと思っているからなのです。
ここまでのシリーズで日本とユダヤの不思議な関係を
少しだけ書いてきましたが、
今回もその続きを少し書いてみたいと思います。
我々が現在住んでいる日本。

この「日本」をヘブライ語で読むと、
NHI(二)とHON(ホン)という二つの言葉で成立しています。
NHI(二)とは「従う」という意味で、
HON(ホン)とは「本」という意味になり、
「本に従う」というのが日本という言葉の意味になります。
本とは何の本を意味しているのか。
それはユダヤ教の聖典である「旧約聖書と新約聖書」です。

また日本の「日」という字は、
実際の本を縦にしてみると、
日という字にそっくりだと思われませんか?

そうすると、「日」も本だし「本」は本だし、
本が2冊?となりますね。
そう、「旧約聖書と新約聖書」という意味になるのです。

本という字は「大」という字と「十」という字に別れます。
「大」は人という字に横棒が入った状態ですので、
人間が両手を広げた状態と言えます。


ゲスト出演(笑)
そして「十」はなにか・・・・
十字架ですね。

はい、「本」という字は一時でキリストの磔を
意味しているのではないでしょうか。

「本」という字がキリストを表しているのならば、
キリストの予言が書かれた新約聖書を表し、

もう一方の「日」は旧約聖書を表しているとも言えます。

日本という国の名前に「旧約聖書と新約聖書」
という意味があるとなると、
「アンチキリストがこの世の征服を企み実行している」
というよく目にする記事も、なるほどと思ってしまいます。

ただ、ここで勘違いして欲しくないのは、
ここで言う「旧約聖書と新約聖書」と、
キリスト教とは全く関係がないという事です。

キリスト教というのは聖書を根本にしているように
偽装しているだけの、ニセモノ集団です。
キリスト教の最高の機関はバチカンになりますが、
バチカンがこれまでの歴史の中で、
いかにキリスト教というものを隠れ蓑にして
世界的悪事の中枢を担ってきたか・・・

でも、まだまだ上がいるんだよ~へっへっへ
ここから先は読者の方にお任せしますが、
キリスト教と聖書というものはセットであるという考えを
まずはクリアにする事が大事です。
国という単位での本当のキリスト教とは
日本の事であると言っても過言ではないかもしれません。
しかし日本はその他の色々な文化も柔軟に
取り入れてきましたので、
有史以来の政治や宗教の日本を取り巻く状況は
そうシンプルなものではありません。
天皇の血筋も途中で何度も途絶えていますし、
天皇家には南朝と北朝がありますし、
平安時代に藤原氏を名乗っていた権力者は、
摂家として現在も宮中に存在しています。
あまりディープな事を書くと、IDが削除されかねませんので
今回はここでストップしときます(汗)

もういいよ(笑)