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回教の教えでは
ギャンブルはご法度

でも
アラブの王族は競馬が大好き

彼らにとって

競馬はギャンブルではなく
「名誉をかけた競技」

王様と競走馬の関係は
江戸時代の大名と相撲取りの関係によく似てる

いや
むしろ
僕と画伯の関係に近い


しかし
競馬の一般的ファンはそうではない

ドバイ競馬では馬券はないが
競馬場の客で
全レースの一着を的中させた者には
報奨金が支払われる

「よくぞ的中させた。アッパレである」というわけだ

ドバイにいる、貧しい外国人の出稼ぎ労働者にとって
一攫千金のチャンス

早くから続々と競馬場にやってくる

これをギャンブルだと思うのは
僕だけ

回教の神学者は「リスクがないのはギャンブルじゃない」と考えているのだろう

たしかに貧しい労働者にリスクはない

「負けたらオケラ」のスリルがギャンブルの醍醐味だからね

どこかの国で「かん通罪」で起訴された被告が
「我々はかん通していない。なぜならば我々はゴムを使用して、直接の肉体的接触を注意ぶかく避けていたからである」って釈明してたが

医学的には
彼らの釈明は
一部納得できるところもある

妊娠や性病のリスクの側面からみれば
リスクは回避されてからね

月亭かちょう師匠なら
もろ手を挙げて賛意を示すに相違ない