あれ?(笑)
明けましておめでとうございます(笑)

本年も、よろしくお願いいたします

色々あった昨年ですが、たくさんご報告いたします。


長女について

冬休みまでは、ひたすら親子登校の毎日でした。保健室登校から始まり、一緒に教室へ行き、本人が納得するまで付き合い、そのうちクラスの子どもたちが、私が来るのを当たり前に受け止め(笑)、毎朝子どもたちと戯れていました。最後の数日、友達の家からは私がついていかないようにし、友達と登校。その間もずっと学校の先生方、カウンセラー、病院の先生とやりとりをしながらの日々でした。
心配していた冬休み明け。六年生のお兄ちゃんと行けるのも少ししかないことを話し、友達の家までお兄ちゃんと登校できるようになりました。これには先生方も驚いていましたが、やっと自信がつき、今では私が行かないことが当たり前になりました。二年生になったら、ここから友達の家まで一人。だけど、もう大丈夫なかんじです子どもの力はすごいです。


息子のこと
2年間向き合った中学受験。終わりました。中弛みをしていた秋。模試の結果もさんざんな感じで、地元の中学へ進学することも覚悟させなければ、と思ったり、モチベーションを下げないよう、褒めたり宥めたり励ましたり。
息子の場合、志望校が最初の受験でした。学校まで来てくださっていた先生に「緊張するなよ」と言われ、会場へ吸い込まれていきました。先生に今までのお礼を伝えると「息子くんの場合は、あとは緊張に負けないことだけです。最後の1ヶ月は本当に冴えてましたよ」と言われました。
面接もあったのですが、終わった直後はとても興奮した状態でした。緊張はしなかったよ、面接の先生が優しかったよ、問題、最後の時間のはほぼ完璧だけど、前の二つは4問書けてない。まぁ、しゃべるしゃべるだけど「書けてない」がひっかかり、私はずっとざわざわしていました。
志望校の合格発表は、約1週間後。長かったです。あんなに興奮していた息子が、どんどん緊張してきて、発表前日には目眩で学校を休むほどでした。
当日。一人でパソコンに向かい、発表を待ちました。私も吐きそうでした。
五分五分の気持ちで見た結果

ありました

一人で泣いて叫びました。

というわけで、息子は志望校に入学できることになりました。

その後も二校受験。最後の学校は、めったうちだったらしく、受験番号がなくても納得していました。


中学受験
12歳の子どもたちが初めて向かう試練かもしれません。
合格を目標に、親も子どももひたすらひたすら走り、「絶対」という確信のない状態を受け止めながら向かっていきます。
泣いて笑って怒って励まして
情報収集して
これを早い時期からされたご家族の方々は、本当にすごいと思う。うちは2年間が限界だったかもしれません。
結果が出ることが幸せかもしれないけれど、それぞれが自分の足で歩める人生を見つけ、それぞれの場所で輝くことが一番。ここがひとつの通過点だと思うには、どんな立場であれ時間が必要だと感じています。
息子が通っていた塾は、小さな塾で、合格率もよくはありません。大手の塾は、ほとんどの子どもたちが進学先を射止めていますが、息子の塾は、そうではありませんでした。まわりからも、あまり評判よくないよ、と言われたりもしました。だけど、息子と私は信じてついていきました。受験ギリギリまで子どもを受け入れる塾。冬期講習にも数人増え、たった四人で始まってから、最後には20人を越えていました。それをどう受け止めるかは人それぞれですが、私は、塾の優しさであり、子どもを広告塔としてではなく、やる気を買う塾が好きでした。もしかしたら、今後もご縁があるかもしれません。先生方には本当に感謝しています。


私は

子どもと向き合いながら、春から仕事をしてきました。二足のワラジから一足に絞り、週1だけですが、自分なりに努力をしてきました。おかげさまでマネージャーに評価していただき、来年度からは週2、もしくは週3に、そして、新たな領域の仕事もいただきました。春からは、自分のこと、中学、小学校、幼稚園とまた忙しくなりそうです。


どんな環境であっても
それを受け入れ
自分らしく
幸せに生きること
それだけです。
金曜日

この日は、就学児健診のため、短縮授業。
だけど、やはり、朝から涙が溢れるため、一緒に行こうと提案。息子に連絡ノートを持たせ、学校に連絡し、9時に保健室登校をしました。

連絡ノート、どこにあるんかね?と泣く娘。
お兄ちゃんが持って行ってくれたから、教室にあるよ、と私。
何度も確認しては泣き、確認しては泣き……
一時間目が終わったチャイムを聞いて、教室へ連れて行きました。
廊下で娘を担任に渡したとき、すごく緊張した表情に。
「お母さん。大丈夫よ。ほら、笑ってるじゃないの!」
どこがよ‼
「先生……泣きそうな顔してますけど……」
「そう?全然大丈夫よー」

ばかか

とは言いません。

一応引き渡し、職員室で教頭先生にお願いし、帰宅。

どうやらそのあと、ひと悶着あったようでした。

連絡ノートがなかったんです。

泣いて、連絡ノートがないことを訴え、「そう?」とさらっと流されたところへ保健室の先生がたまたま行き、娘の話を保健室の先生が聞き入れ、息子の教室へ。息子は職員室で1年生の先生に渡した、と。息子も妹の担任が苦手(嫌い)で、会いたくないので、わざと出勤してないときに職員室で他の先生に渡したようでした。渡された先生が担任の机に。それを担任が見落としていたようで、保健室の先生が持って行ってくれ、解決しました。

その一連を、夕方担任が電話で説明。

分かりました。と聞き入れ、多分しばらくは私と登校です、と伝えると

分かりました。連絡ノートは、また迷子になるといけないので、いいです。月曜日は遅れることが分かったので、連絡はいいです。

と言われました。


土日
わりと穏やかに過ごしていました。
土曜日は幼稚園の行事で、久しぶりに幼稚園の中の空気を漫喫。日曜日は七五三で、参拝をし、食事へ出掛け、夕方までバタバタしていました。
夜になると
明日が不安だといいはじめてました。

この頃、私は、娘にこんなことを話していました。

あなたが不安になるのは、あなたが悪いんじゃないの。あのね、見えないんだけど、ドキドキ虫っていうのがいて、色んなことをよく考えられる子どもの心に入り込む虫がいるらしいんよ。ドキドキ虫は、楽しいことしてても、突然モゾモゾ動いて、それが動くと急に悲しくなったり、不安になるんよ。

娘も

………多分ドキドキ虫がおるわ……

と納得。

だから、あなたは悪くない。なんかおかしくなったとき、胸に手を当ててドキドキ虫、やめてって言おうか。
ドキドキ虫ってさ、見えないんだけど、特別に見えるお医者さんもいるんだって。あなたがどうしても苦しくなったら、お母さんもドキドキ虫が見えるお医者さんを探すからね。

ドキドキ虫、取れるんならとってほしい。


それからは、不安になると

ドキドキ虫がまた動いてる……

と言うようになりました。


月曜日
9時に保健室登校
教頭先生と保健室の先生が
「お母さん、今日連絡ノートは?電話してないよね?」と。
「はい。金曜日に担任の先生に伝えたら、もう連絡しなくていいと」
「…………………」
要するに、報告されてなかったんです。

そういうとこですよ、先生。受け入れてくださるなら、報告してくださらないと!
ちょっと強い口調で言ってしまいました。
だけど、教頭先生は、そうですよね、ほんとに申し訳ありませんでした。
と詫びられました。

教頭先生を責めるつもりはない。だけど、どれだけ保護者が強く訴えても、学校全体で意識するぐらいじゃないと、娘の拠り所はいつまでも学校で見つけられないのでは?と思い、言わせてもらいました。

長女は
保健室でワンクッション置いて二時間目から教室に私と入るのが日課になっていきました。

水曜日は私が朝から仕事なので、義父に娘をお願いしました。

木曜日
娘を教室に入れるとき、泣くようになりました。担任を見ると泣くんです。入ってしまえば泣き止みますが。
午前中、私は、スクールカウンセラーと面談をしに中学校へ行きました。

初めてのスクールカウンセラー。

小さな部屋で、穏やかな顔のカウンセラーの方が待っていてくださいました。

ざっと今日までのことを伝え、私の持つ不安と気持ちを話しました。

カウンセラーの方からは、お母さんのされていることは、間違ってないと言ってもらいました。娘さんを、まずはまるごと受け止めること。いいんだよ、と言ってあげること。学校へは、些細なことも伝えていくこと。今されていることを続けていきましょう、と。
担任は……残念ですと言われました。自分を変えることはないでしょうから、娘さんには、他で安心感を与えるように。

そして
もしも身体的支障が出た場合は、かかりつけの小児科に、まずはお母さんが相談に行き、お医者さんと「ドキドキ虫」という共通語を使って、もし可能であれば、そこで小児用の安定剤をいただく、不可能であれば、紹介状を書いていただくようにしましょう。

と言われました。



水曜日

私は仕事なので、娘は息子に託して登校させるしかありませんでした。
家での様子、娘が私に伝えてきたことすべてを担任に手紙で伝えるようにしました。体罰があったのではないか?という疑問も全て。とにかく娘が不安を訴えている事実、緊急性、担任だけではなく、学校全体で把握してほしいことも書きました。

娘下校。連絡ノートには、何も書かれていませんでした。
夕方になっても何も連絡はなく、夜を迎えました。
その間も、娘は小さなことを不安がり、泣いていました。


限界だな


木曜日

泣いて起きた娘に、お母さんと一緒に学校へ行こうと提案。教室がいやなら、保健室に行こう。そして、一緒に考えてみよう。
息子に連絡ノートを託し、学校へ電話。担任が出勤していない時間であることを知っていて、わざと早く電話しました。
主幹先生が電話に出ました。
これまでの経緯、昨日の手紙、今日の様子を伝え、保健室登校させてほしい、と話しました。
主幹先生は、ひたすら謝られました。担任がその日に対応していないことを謝罪され、保健室登校を受け入れてくださいました。

10分後
担任から電話
今から私が迎えに行って、娘さんと学校へ行きます。

先生、無理だから、私が連れて行くんです。

担任は、昨日は会議などがありバタバタで手紙の返事が書けなかった。夜遅く連絡できなかった。と謝罪した上で、ひたすら娘を迎えに行くと言ってきました。

待ってください。娘に気持ちを確かめます。

長女に先生がこう言ってるよ。どうする?と聞くと、いやだ。あーちゃんと行く。と言うので、それを伝え、私が連れて行くことにしました。

9時

正門で主幹先生、教頭先生が待ってくださっていました。校長先生も出てこられ、謝罪されました。

主幹先生と多目的教室へ。
(保健室が歯科検診で使えなかったんです)

娘は本を読んだり、お絵描きをし、私と主幹先生とで今日までのことを全て話しました。

図画工作のこと、先生の怒り方、娘の不安、ブログに書いてること全てを話しました。

主幹先生は
担任が、懇談をしたいと言っているので、お母さん、お時間をください。今聞いていて、引っ掛かることが沢山あるので、私も入りますから。
と言ってくださいました。

二時間目が終わるまで一緒にいた娘は、そこでも泣いたり不安を訴えたりしていました。
主幹先生は、私と娘のやりとりを見守ってくださり、教室に先生が一緒に行って、先生が聞いてあげるね。と言ってくださいました。

大休憩に入り、娘は主幹先生と教室へ。私は一人で職員室まで降りました。放課後に懇談に来る約束をし、主幹先生から無事教室に入った報告を受け、時々様子を見に行きますと言っていただいて帰りました。

放課後

汐里は保健室へ。私と主幹先生、担任で懇談をしました。

図画工作については経緯が説明されましたが、私は大人の感覚で「見栄え」など必要ないことを伝えました。
体罰は、絶対にしていないと説明。指示棒で机を叩いたが、子どもは絶対叩いてない、と主張。(私からすれば、指示棒で机を叩くのもおかしいけど)担任は、褒めまくって子どもを育てていると強調。自分がやっている学級経営をひたすら説明。

主幹は
先生が褒めまくっているのは、いいこと。ただ、叱らないといけない時は、叱る子どもよりも、まわりの子どもへの配慮は必ずいる。子どもとの約束は必ず守ること。昔はよくても、今は通らない教育方法もあること。
を話されていました。

やりにくいと思います(笑)主幹先生は私より少し年上、担任はお婆さん(笑)だけど、かなりきつく言ってくださっていました。

担任が私に対して
あまり過保護なのもどうかと
というニュアンスのことを言うと

私、午前中にお母さんと娘ちゃんのやりとりをずっと見ていたけど、お母さんは決して過保護ではありませんよ。娘さんを想い、受け止めながらも笑ってなだめたり、しっかり抱きしめたり、私は、お母さんの子育ては上手だと感じました!

と反撃までしてくださりました。

一時間ほど懇談し、これから一緒に見守っていきましょうと約束をし、教室を出るとき

ね、お母さん。まずは担任にお伝えくださいね。

と担任。

はいはい

そう言って別れ、保健室へ。
その間、主幹先生。

お母さん、担任はああ言いましたけど、うまく私達を利用してね。大丈夫だから。
と、担任がいない隙に話してくれました。

そうします。

保健室では、先生とお絵描きをしたり、宿題をして待ってくれていました。

保健室の先生は、
待ってるから、いつでもおいで❤
と娘に伝えてくれました。

帰ってからは………

ちょっとだけ笑顔が戻り………
だけど泣いてました。

この日描いた絵