大阪アウトロー物語~女囚の果て~ -3ページ目

人生最後に見ると言われてる走馬灯

頭が痛い。寒気がする・・あぁ私は子供たちを置いて

重篤な病になっていてこの世を去るに違いない。

 

 

 

風邪をひくたびに、そんな大げさなことを考えてる

恋です。

 

こんばんは。

 

 

 

この頃、自分が死んだ時に

いや、死ぬ瞬間に見ると言われてる

 

 

【走馬灯】ってどんなんかな?って考えます。

 

 

自分の人生を振り返って

死ぬ時に

どの瞬間、瞬間が

頭の中に蘇ってくるんやろう・・と。

 

 

 

 

 

 

まずね、小学校1年生になってすぐに

私を虐待していた父親の再婚相手の

継母がいなくなった時の置き手紙を見た瞬間かな。

 

 

 

私の入学式の【おめでとうセット】みたいな

勉強道具が一色になったセットがあったんやけど

 

 

その箱の蓋の裏にこっそりと

ママ母が残していった

置き手紙を発見した

 

 

 

あの瞬間はまだ、あの人が自分のお母さんやって

信じていたから

突然私の前から居なくなったことに

6歳だった私はかなりショックを受けてた。

 

 

 

そんな時に新しい鉛筆を出そうと

お勉強セットを開けたら

 

 

【おかあさんは、とおくにいくけど、こいちゃんは、たくさんべんきょうして

いっぱい、ひゃくてんとって、また おかあさんに みせてくださいね】

 

 

 

ひらがなで、私でも読めるように

そう書かれていた手紙を見て

6歳だった私は『お母さんに会いたい』と大泣きした。

 

 

 

殴られても、外に出されても、トイレに行かしてもらえなくても

玉ねぎ炒めばっかり食べさせられても、

風呂に入れてもらえず水ぶっかけられた時もあったんやけど

 

 

やっぱり、幼かった私にはお母さんには変わりなくて。

 

 

 

あの瞬間の寂しさや、あんなに怖かった継母に

初めて優しくこえかけてもらったのが

最初で最後の手紙だけやったってこと

 

 

死ぬ瞬間もきっと思い出すんやろうな。って

 

 

 

次に、小学4年生くらいの時に

親父がギャンブルばかりしていて

親戚にお金の無心ばっかりしていて

 

 

その親戚にお金を借りにいくのが親父やと

断られるからと

私がお金を借りに一人で行かされたこと。

 

 

 

いつもは優しい親戚のおじちゃんが

1000円を私に玄関で放り投げて

 

『もう2度とくるなってお父さんにいっとき』

 

 

 

そういって、扉を強く閉められた瞬間

 

 

なんか情けなくて、寂しくて

1000円握りしめて、親父に帰りにスーパーで頼まれてた

卵と片栗粉買って泣きながら帰っていった瞬間も

きっと思い出す。

 

 

大人になった今でも、家にいる時にピンポンと来客が来るのが

怖くて仕方ないのは

借金取りから居留守を使うために

怖いよ、お父さん

 

「シッ声出したらあかん』そう言われるような生活を

送っていたから

 

 

いまだに私は来客のピンポンの音が嫌いだ。

 

 

あの時、声を殺して震えてたことも

きっと死ぬ前に思い出す。

 

 

次に私が23歳の時に、父親が癌の闘病の末に

なくなった時のこと

 

 

私が誰か分からなくなって

『看護婦さん、今日も掃除ありがとう』

 

そう言われた時も涙がとめどなく溢れた。

 

 

あかんたれの親父だったけど

私には唯一の親であって

娘の存在がわからなくなった瞬間の親父の

小さくなった後ろ姿の身体は忘れられないくらいショックだった。

 

 

そして、やはり一番の大きな出来事は

やはり子供を失った瞬間で

職員室で子供に最後のお別れをした時に

 

 

『ママはもう病気治らへんねんやろ。じーちゃんとばーちゃんと暮らすから

ママはもういい』

 

 

あれを言われた瞬間も忘れずおもいだすのだろう。

 

 

ポン中になって暗い部屋に引きこもってシャブ打って

一週間も寝ないでずっと泣いてたり

グリグリなって自分の腕に虫がいる気がして

手の甲をハサミでくりぬいたあの痛みや悲しみも

きっと思い出すはず

 

 

今もその傷を見るたびに思い出す。

 

 

売人になって、人を騙したり騙されたりする生活に疲れて

もうこのまま死んでもいいかもしれんって

冬の寒い中、暖房もつけんと

着の身着のまま部屋の横たわって

大声で泣いていた時の寂しさや孤独感も

きっと鮮明に思い出す。

 

 

28歳くらいに悪い大元の嫌われヤクザに騙されて

売春まがいの寮に軟禁されて

シャブを引き換えに

どんどん知らん男が部屋に入ってきて

逃げられない状態で

頭も身体もパニックになって

全く知らん町から、パトカーに声をかけながらフラフラ歩いてた私に

何もかもわかってそうなベテラン刑事に

自宅まで送ってもらった心優しい刑事のことも思い出すだろう

 

 

そして2回いった懲役で学んだ、私はまだもしかしたら社会で更生できるかもって

担当の刑務官に言われて希望の光が見えた瞬間の嬉しさも思い出すだろう

 

 

 

知らん町の福岡にきて

見るもの全てが希望や夢でキラキラ輝いていた

感覚や、同時にまた売人をして食い繋げようかと迷ってた時に

今の旦那に出会った瞬間

 

なんとなく

 

あ・・この人と一緒になるかもって思った直感の感覚も

思い出すだろう

 

 

 

そして二人の子供を出産し

そのかけがえのない自分の命よりも大切なものものに

ようやく出会えた幸せな気持ちは絶対忘れないで

走馬灯の半分以上を締めるくらい

思い出すだろう。

 

 

 

 

あなたは、走馬灯の瞬間映像

どんなものがあるか考えたことはありますか?

 

 

 

私はこの頃そんなことを考えながら生きています。

 

 

もっと幸せな気持ちになった瞬間の走馬灯候補を

これからたくさん思い出を作っていきたいと思ってる。

 

 

 

あかん。眠剤が効いてきましたので

この辺で。

 

 

 

中川家の動画が面白くてハマってる恋でした。

 

 

この頃ちょくちょくコメント入るのは嬉しいです。

 

 

ありがとうございます。

 

 

ドラえもんには夢がある

 

 

大好きドラえもん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文字や文章で効き目かどうかを判断する女の過去記事が一番ひどい文章だった・・。

たまに色々な人のブログ(アメブロや個人ブログ含む)

みにいって思うんやけど

 

 

特にアメブロのポン中ブログで『シャブは今は辞めてる』と

語っているにも関わらず

 

効き目で書いてるなぁとか

 

半分切れ目で書いてるなぁとか

 

 

せっかくやめてたのに、また効いてるなぁとか

 

 

あぁまたハマり出して、ブログ更新内容が

いい加減やなぁとかw

 

 

だいたい

文字とノリと文章でわかるんやけど

 

 

あれ、本人は気がついてないんやろうか?

 

 

そう思って私の過去のブログを読むと

 

 

 

一番効き目で意味わからんこと書いてたんは

私っていうねw

 

 

チャンピオンは私っていうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が今、40歳で

子供らが成人するまであと15〜6年。

 

 

60歳まではなんとか生きていたい。

子供たちが成人するのを今度こそ

見届けたいって

今日も次男のオムツ変えながら思ってたんやけど

 

 

 

 

まさか私の人生で

また結婚して子供をこの歳で育てるなんて

想像すらしていなかったから

 

 

だいぶ長いこと悪いことしてきた身体が

果たして60歳まで持ってくれるんやろうかとか

考える。

 

 

 

1日に5回も6回もシャブ打って

365日、懲役いっていた間を除いては

どっぷりポン中やった私が

 

 

まさか薬物と全く関係のない環境で生活しているのが

考えられへんよね。

 

 

 

 

 

薬物やめたくて

おかしい自分も止められなくて

でも1日たりとも抜くことができなくて

周りにも流されて

 

 

 

自分の人生でどの辺から狂い出したんか

その時には考えても

わからへんかった。

 

 

 

おかしいもんね、考え自体が。

 

だから答えも見つからんかったけど

 

 

 

この頃すごくわかってきた事があって

 

 

 

今、私は40年生きてきた中で

 

 

 

一番穏やかにゆっくり生きてるなって思う。

 

 

 

幼少期の頃から、二十歳くらいまでは

早く大人になりたくて

子供時代が全く楽しくなくて

 

 

 

二十歳くらいからは、育児と仕事と恋愛に忙しかったんやけど

何か全く満たされないものが漠然と自分の中で

くすぶって。

 

 

 

25歳で子供がいなくなってから

ポン中になって

さらに満たされへんような人生になっていって

 

 

諦め半分のギャンブルのような毎日に

疲れながらも

その環境から抜け出すことができなくて。

 

 

 

懲役に行ってる間だけが

冷静に自分の半生を考える時間ができてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薬物やっとった!と語ってる人をみてると

 

 

「楽しかった〜」

「面白かった〜」

「気持ちよかった〜」

 

 

と過去を何倍にも楽しそうに語ってる人が多いけど

 

 

 

果たしてほんまにそんな楽しかったんやろうか?

 

 

 

 

 

私もシャブやってた時の自分のおかしな話を

面白おかしく人に話したりブログに書いたりするけど

 

 

 

その裏には、やめたくても

絶対やめられへんかった自分との葛藤や

 

 

やめていった人間に馬鹿にされながらも

コジキしながらでも

それでもシャブだけはやめられへんかった苦悩の日々の方が

多かったから

決して

 

 

『楽しいからまたやりたい。気持ちいいからまたやりたい』とは思えない。

 

 

 

私がまた薬物がやりたいと思うのは

血液が注射器に逆流する瞬間を

またみたいとか

 

 

ワクワクうんこでウンコ出してみたいとか。

 

 

それは冗談なんやけど半分本気ですが。

 

 

 

 

 

 

何もかも放って

また過去のような自由気ままで懲役出入りを繰り返す

自分に戻る覚悟があるなら

 

シャブの何が好きやから

またやりたいとかじゃなくて

 

 

それが私にとって『普通』やったから『やる』だけのことで。

 

 

 

 

 

そんな考えの自分が

子供と旦那に恵まれたおかげで

こないだまで、ドポン中やったことさえ

忘れてしまうときも多い毎日を送らせてもらってる。

 

 

 

そんなどポン中でも、後遺症はあれど

それなりに過去が嘘やったみたいに社会に溶け込んでることにも

ようやく慣れてきた。

 

 

 

 

一回だけ・・。のその一回が

もしかしたら

子供たち二人の人生を狂わせる結果になるのかもしれへん。

 

 

二人の人間の人生を私たち夫婦は背負ってると毎日を

緊張しながらも

穏やかに暮らしてる。

 

 

緊張はこの先もずっとしていくんやろうけど

それでいいと思ってる。

 

 

緊張しとかな、意識しとかな、常に子供たちの人生を考えていかないと

 

 

 

私たち夫婦はまだまだ弱いはずやから。

 

 

今は育児や仕事に忙しくて

そんな暇もないんやけど

 

 

子供たちの人生が自分たちの

やっとできた、唯一の【生きがい】やから

その人生を二つも背負ってるってことは

常に頭の真ん中に置いておかないと

 

 

 

私たちだってそんなに強くないはずやから。

 

 

 

そんな人間すぐには強くなられへんはずやから・・。

 

 

 

今日も健康で、子供たちに笑ってる

薬物のない生活に身を置いて穏やかに生活できてることを

感謝しながら

 

 

長生きしたい。そんな傲慢な夢までもを

心に潜ませてる私でした。

 

 

 

 

 

まじで、長生きしたいよね・・。

 

 

 

 

好き勝手生きてきて

まだ長生きとは厚かましいて思うかもしれんけど(誰が?)

 

 

 

子供たち可愛いやんか・・。

 

 

 

 

もう、ほんま

育児大変なんやけど、幸せやなぁって40年生きてきて

ほんま・・・

 

 

やっと思える生活送ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんつって。

おやすみなさい。

 

 

 

 

せっかくの土曜の夜に

大阪アウトロー物語を更新する余力がなくて

スンマソン。

 

 

 

 

 

 

 

 

ミルクボーイの動画見て

幸せに浸って寝ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アディオス。

 

 

 

 

槇原の2年前の事件でガサがきたことで思い出したこと

土日は片時も子供から離れられず、今、旦那が晩ごはん作ってくれてるキッチンで

 

 

コソコソ、アメブロ書いてる。

 

 

次男はベビーガードの向こうから、パンパンマンと叫んでおり

 

 

長男はアイパットで、電車のゲームしてるから

 

 

そのすきに。

 

 

 

 

 

 

 

 

槇原捕まったね〜。

 

 

そうなってきたら、個人的に頑張って欲しい芸能人は

清原のみになるんやけど

 

 

芸能人が何回も薬物で逮捕されてるのみたら

 

 

清原頑張れって個人的には強く思ってしまう。

 

 

清水健太郎や、三田佳子の息子なんかは

なんとなく、またすぐ逮捕されそうな気がしてるけど

 

 

清原はどうなんやろ。

 

 

マッキーは、もうメディアも汗だくのマッキーや歯がボロボロの瞬間が写ってる映像ばっかり流すやん。

 

 

もう、汗が止まらない!ってなってるやん。

 

 

しかし2年前の事件で内偵入るんやな〜なんて旦那に話してたら

 

『何言うてんのお母さん。俺が結婚当初にガサきた時、あれも1年前の話でガサきたやんか』

 

 

言われて思い出した。

 

 

今の長男が生まれてすぐの正月の1月6日。世間は仕事始め、警察も仕事始め1発目の仕事で我が家に10人くらいの刑事連れて

 

 

ガサきたこと思い出した。

 

 

旦那は子供ができて結婚する前は、そんな怪しい商売からも足を洗いかけって言う状態で

 

 

その時にパクられた男が旦那のことをウタって、1年半後に譲渡しの件で逮捕状まで持ってきたガサやった。

 

 

私は今4歳の、この時は生後3ヶ月だった長男をおんぶしながら洗い物していて

 

 

旦那は正月番組観ていた、朝の8時ちょうどにピンポンが鳴った。

 

 

 

ガサがきたとなんとなく思っていたけど

 

 

まさか、今ガサ来られても正直何も困らへんから扉を開けたら10人くらいの刑事が一気に押し寄せて部屋になだれ込んだ。

 

 

 

ガサ状が出てるから家の中見せてもらうで。

 

 

 

てっきり、ガサだけで帰るもんやと思っていたが

ある程度のガサが済むと、刑事は旦那に「〇〇への譲渡しの件で逮捕状が出てるから一緒に来てもらうで」

 

 

そういって旦那を連れて行った。

 

 

まさか、小さい赤ちゃん置いて旦那がいなくなるなんて考えてもいなかったから

ちょっと気持ちが揺らいだのを覚えてる。

 

 

そして奥さんもちょっと協力して。

 

出たで。

 

 

またや。

 

 

 

協力はせん主義。

 

 

でもおんぶしていた子供がぐずりだしたので、『帰りもパトカーで家まで送り返してや』

 

そう約束して、警察署に向かい簡易の尿検査に素直に応じた。

 

 

子供がいる以上、尿検査にごねる必要はないと思ったからだ。

 

 

 

尿検査が陰性だとわかると、刑事は私に謝り倒したが

警察署に響き渡るくらい私は大声で罵倒した。

 

 

 

それから20日間、(プラス2日やったかな?)毎日旦那の洗濯物を届けにと差し入れだけに通う日々が続いた。接見禁止やから会うことや手紙はできない。

 

 

 

譲渡しの証拠やメールはあったらしいけど、ガサからも旦那も私も尿からは何も出ていないので『知らん存ぜぬ』で貫き等した結果

 

 

旦那は、勾留不能となり20日目に釈放された。

 

 

 

人生で4回目のガサと尿検査は、人生で初めてクリアしたことになる。

 

 

 

もう、ガサも逮捕状も全く縁がない生活を送ってるけど

 

 

思い当たる節のある人は、さっさと身の回りの整理をして2年ほどはクリーンな生活を送ってれば帰っって来れることもあるだろう。

 

 

だが、それがなかなかできないのがポン中の定めであることも十分わかってる。

 

 

 

だから

 

 

 

だからこそ

 

 

 

 

1日も早く、そんな環境から遠のくことをお勧めする。

 

 

 

環境が、全て。

 

 

環境さえ変わればあとは、死に物狂いで頑張るだけ。それだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社会にさえおれば、なんとでもなるけど

パクられたら、何にもできへん。

 

 

 

今は大丈夫って思ってる人も

今だけ大丈夫って考えに変えたら

また道は開けるんじゃないかなと感じてる。

 

 

 

 

なんか長くなったけど

今日は次男のイヤイヤ期で疲れたのでこの辺にしときます。

 

 

 

 

頑張ってる方も、これから頑張る方も

何があるかわからないのが人生だと

準備はしておこう。って話。

 

 

なんつって。

知らんけど。

 

 

 

 

 

 

アディオス。

 

 

 

大阪アウトロー物語をアップしていくにあたって・・。お礼。

自宅で仕事してるんやけど、本日長男が風邪のため

 

保育園休んでるから、仕事ができへん(泣)

 

 

 

昨日の夜に、『大阪アウトロー物語』

 

昔携帯小説(やったかな?)を

下書きしたやつコピーしてアップしたんやけど

 

 

文章めちゃくちゃやな。

 

 

もう10年以上前の若かりし、私が書いたんやけど

手直しせんまま、昨日はそのままアップしたんやけど

 

 

意味わかる?

 

 

 

私はあんま分からへんw

 

 

 

書いた本人が意味わからんのに、読んで下さってる

皆さんは分かるんかな思ってしまいました。

 

 

 

 

時間があれば、手直ししながら、どんどんアップしていこうと

思っています。

 

 

 

 

なんのためにか考えたけど。

 

 

 

私が過去の話をアップしていこうと

思ったのは

 

 

 

やっと

「大阪アウトロー物語」を完結できる身になったから。

 

 

 

 

 

私のような、失敗ばかりの半生を

文字にすることで

 

 

 

今、迷ってたり

立ち止まってたり

後悔してるような人が

 

 

アウトロー物語を読んで

何か気づきがあればと思いました。

 

 

 

私がどポン中時代。

 

 

効き目で今の私を救ってくれるヒントは

ネット上にないものか

 

 

と何日も何日も検索していた時を思い出します。

 

 

 

今思えば、インターネットやSNSで

い色々な情報が

ただでゴロゴロ転がってる時代でも

 

 

 

ポン中を救う言葉なんて

多分

絶対見つからへん。

 

 

 

自分でなんとかしない限りは

絶対終わりが見えてるけど

でも

やり直しって

 

 

『こんなことがきっかけなん!?』って思うくらいのタイミングで

やってくる。

 

 

 

 

 

興味本位で読む方も

なんとなく気になって読む方も

なんか同じような境遇にいたことある方も

 

 

どんな方が読んでも

なんとなく分かるように

 

 

手直ししながら、更新していきたいと

思っています。

 

 

 

 

 

 

 

読みに来てくださって

本当に

ありがとうございます。

大阪アウトロー物語 第七章【なぜ?歯車が狂い出す】(1)最後の朝

なぜ…?歯車がくるいだす

 

 

 

 

 

[01]最後の朝

 

[02]夕日

 

[03]偽りで固められた保護

 

[04]話し合いなんてなかった

 

[05]真由美の裏切り

 

[06]バイバイ真由美

 

 

 

 

 

 

 

 

おかしな行動をとった担任と共に帰ってきた我が子

 

 

 

どことなく元気がない

 

あんなにワクワクして夕方の学校や~って先生と手をつないで出たのに。

 

 

 

『先生とお話したん?』

 

 

 

『うん明日も先生と学校行く約束したねん。だから友達らとは明日いかないようにって』

 

 

 

は?

 

 

 

 

 

なんで先生と?

 

 

 

迎えにくるのはなんのため?

 

 

 

 

 

意味がわからんし私はなんにも聞いてもない

 

 

 

完全に病人扱いかいな・・・

 

 

 

 

 

そんな事をおもってると子が言った

 

 

 

『だから明日は早起きしないとあかんからママはよねてはよ起きような!』

 

 

 

 

 

『先生なんでむかえにくるん?』

 

 

 

『なんかママの事いっぱい聞かれて。

 

ママはしんどいから先生と一緒に学校行こうねって

 

だから朝だけママに頑張って起こしてもらうんやでって。

 

でもな僕ちゃんとママに起こしてもらって朝も目玉焼きやサンドウィッチやお味噌汁やら食べてるよてゆーたんやんか。

 

でもママの事しんどい病気でしょママ本当はおうちで寝て起きてこれないでしょってずっと言われた』

 

 

 

それですぐに分かった私の欝をどんな程度か聞く為に子をわざわざ連れだしたんだと。

 

 

 

 

 

しかしおかしい・・・私の欝はそこまでひどくないし旦那の親が異様に心配してる程度で普通に生活してるのに…

 

 

 

そんなやりとりをしながらも朝七時五十分

 

先生と待ち合わせる時間がきた。

 

 

 

一緒に行って馬鹿にするなと文句の1つも言いたかったが様子を見ようと私が出した結論だったから

 

いつも通り子を送り出した私。

 

 

 

『じゃね行ってらっしゃい気をつけやなあかんよ』

 

 

 

『はあいっいってきまぁす。帰ってきたら又スーパーファミコンしよな!』

 

 

 

それが

 

 

 

 

 

 

 

息子にあった最後の朝だった。。。

 

 

 

 

 

 

あの笑顔が脳裏から離れない

 

涙が又止まらない。

 

 

帰ってきて…

 

何度も願った

 

 

 

 

 

 

-

 

 

大阪アウトロー物語 第六章 【7】

なんで欝なんかになったのだろう

 

 

 

同時期に真由美も過呼吸、偏頭痛など我の旦那のお陰で精神的に参った状態だった

 

 

 

普通に会話してれば

 

普通

 

しかし一人になるとお互い偏頭痛やパニックに陥ると言う変な繋がりがあり心療内科まで同じになり

 

 

 

二人笑いながら通った

 

私の場合身内の死私の離婚職種幼少期時代の出来事離婚するまでの旦那のつまらん浮気や旦那の親にたいしての気持ちなど

 

一気に過去が私の欝の引金となったらしいが

 

私には実感があまりなかった

 

 

 

しかし

 

なんか旦那の親が私の親の死をきっかけにやたらに子を泊まりにこさせろとか、

 

休みの日に友達と遊びたがる子を無理矢理、旦那の実家につれて出たり

 

私に事ある事に「しんどいなら寝ときなさい帰りに食べ物カッテクルカラ・・・」などいって

 

晩御飯や朝ゴハンの用意をしているのに、ちゃんと食べさせて貴方もたべなくちゃと山ほど食べ物を買ってくる

 

最初は感謝していたし助かってたけど

 

 

 

異様に私を病気扱いするため

 

一度言った事がある

 

 

 

「欝ゆうても仕事はまだ少しキツイけど日常生活に支障はないし

 

ご飯も洗濯物できます。

 

子も週末は友達と遊びたい時もありますし

 

色々してくれて助かっていますがもう少し・・

 

そんなに心配されなくても大丈夫ですので」

 

 

 

 

しかしなぜだが

 

だんだん子の元気までなくなっていった

 

 

 

どうした?ばあちゃんちしんどい?

 

 

 

うん・・・

 

 

 

じいちゃんら遊んでくれるのは嬉しいけど僕も家いたいときあるし友達とおりたいてきあるねん

 

 

 

 

 

わかった

 

ママゆうたるしな

 

そんだけか?ちゃんとゆぅてみ

 

 

 

 

 

うん・・・サッカーなんかしたくないのにジイチャンが学童のサッカーチーム入れっていつもゆぅねんパパも子供の時はやってたんやからて・・・

 

でもいややゆうてんねん。

それやのにやりたいてママにゆいなさいて・・・

 

 

 

 

 

 

 

子どもなりにかなりのストレスになっていた。

 

 

 

しばらく実家には行かせないようにした

 

そして毎朝なん時間も正座してお祈り(創価学会)のようなものもさせていたと聞き私は実家と旦那にキツクいった

 

そもそもワカレテイル旦那側の親に

 

我が子がなぜここまでされんとあかんのや?

 

私が与えてしまった負担もようやく消えて笑顔が戻ってきたと言うのに

 

 

 

また振り出しにもどった。

 

 

 

そんなある日私は高熱を出し子にもうつしてしまい、学校を休ませた。参観日だった

 

 

 

かなりの高熱の為二人寝込んで学校に連絡すらするのをわすれていた

 

 

 

その日の夕方担任が家にきた

 

 

 

様子がどことなくおかしい担任

 

 

 

「今日の参観日の○○君が書いたポスターを一緒に今から(自宅にいる息子と)学校にとりにいっていいですか」

 

 

 

熱も下がり元気になっていたので

 

 

 

はい

 

 

 

と答え子に暖かい服を着せ先生と夕方学校に戻る子を見送り

 

 

 

ふと思った。

 

「自宅にくるなら最初からポスターもってくればいいのに・・・なんでわざわざ子をつれてくんや?」

 

 

 

それは・・・実家の手回しの始まりだとも

 

 

 

その時は知るよしもなかった・・・。

 

大阪アウトロー物語 第六章 【6】子供

子の運動会毎年旦那は現れた。

 

 

 

お弁当を作り

 

旦那の好きな唐揚げ

 

子が好きなウィンナー

 

旦那の親も旦那の連れも毎年来るのは

 

 

 

子が小さい時から暗黙の了解になっていたし何よりも子が喜んだ

 

 

 

パパもママもオトモダチもいる!

 

 

 

嬉しいね!楽しいね!

 

小さい小さいな保育所の時からいつもいっていた我が子

 

 

 

このイベントの時は本当の夫婦。でも離婚はしている。

 

見せかけではない、本当に楽しいひとときの運動会。

 

 

 

忙しい中必ず来てくれる旦那を見て

 

喜ぶ子をみて

 

 

 

「悪事は辞めよう。もうする意味すらわからん

だってこんなに子がわらってる。私は何をつまらんことをしていたんだろう・・・」

 

そう思った運動会

 

子は小学二年生になっていた

 

 

 

ヨリを戻そう・・・

 

必ず会えばいっていた旦那もいつしか今の空間に亀裂をいれたくない

 

このままで十分だといつしか口にださなくなっていた

 

 

 

親父の葬式などの借金の為また風俗に戻る生活は精神的に欝自体が悪化していくのを感じながらも続けていくしか

 

くいっぷちが無かったが

 

夜中ではなく

 

昼間に働き夜は子とユックリ過ごし理想の安定した日常をなんとか取り戻していった。

 

子が夜中に目がさめると私はまだおきてテレビを見ていた

 

 

 

「ママ良かったいてたんやね僕トイレ」

 

「一緒に寝ようか

 

ママももう眠いし手つないでねよう」

 

 

 

「うんお話もしよう」

 

一緒に布団に入った

 

 

 

「○○は自分のお部屋に机もベッドもあるのにいつまでもママと一緒にねるんやなぁ(笑)」私が手をギュッと握って言うと

 

「僕あのへやいらんで~中学生までここでねるわ」

 

ニッコリ笑った子。そんな平凡な毎日を邪魔するやつも

 

売人仲間も全ていなくなったほんまに平凡やけど幸せな日々が続いた

 

 

 

しかし私の欝はどんどんと悪化していく。

 

仕事にいけなくなったのだ。

 

 

 

朝起きて子にご飯をつくり送り出し眠る

 

 

 

睡眠薬なしで延々とねむる私

 

 

 

布団からでたくない

 

出れない

 

何がここまで無気力にさせたのだろう

 

 

 

週末は決まって旦那の実家に泊まりに行く子も心配して

 

「今日はじぃじんちいかんとママとおるわ」

 

そう言う日も増えていた

 

しかし実家はなんとかして子を連れていきたかったようで

 

子を玩具などで釣るような事をもしてみせた

 

「恋はユックリ寝てなさいいくらでも子はみてあげるから」

 

それが決まり文句だった。

 

 

今思うと、この頃から子供の親権の戦略は、祖父母にとって意地になっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

大阪で薬物を抜いてくれる某内科病院。ご利用は計画的に。

ちょっと思い出したんやけど。

 

 

地元、大阪におる時、ちょっと体から抜かなあかんなぁ・・って。

たい(身体)交わして身体から抜いとかなあかんなぁって時が度々あったんやけど

 

 

 

大阪のある場所の(淀川方面)に(ある内科)があって

 

 

大体、私らはそこに3日くらい通ってた。

 

 

 

「なぁ恋ちゃん、どこか抜いてくれる病院知らん?」

 

 

抜いてくれるって、風俗ちゃうで。

 

 

身体から薬物抜いてくれって、直に言うたら

タチオン入りの栄養(ビタミンBやったかな)剤を点滴してくれて

 

利尿剤も入ってて、おしっこジャージャーでます。

 

なんか飲み薬もくれたはず・・もう何年も前の話で忘れたけど知らんけど。

 

 

 

3日間頑張って通ったら、4日目から6日目には爆睡して

通常10日から14日で抜けると言われてる(常ポンの場合)状態が3〜4日以内で抜けるって言うね。

 

たまポンは、2日くらい通ったらええやろ的な。

 

 

 

その内科は

 

 

ただの、小さな個人病院でして。

 

 

 

きてる人はそれを知ってる、ポン中かそれを知らんで来てるおばあちゃんやおじいちゃんが健康診断に来てたり・・そんな小さな病院。

 

 

 

 

すぐ抜けるんかどうか知らんけど、私の体感でいうと

一日5回くらいの薬物乱用状態を半年間続けてた人間でも

大体3日目には、フラッフラの身体中電気走る(通常に戻る)完全切れ目状態になってた。

 

 

 

 

ほんで、病院でなんていうんかっていうたら

 

 

 

『すいません。悪いことしてしまって、身体から毒物抜きたいんですが』

 

的なこと言うたら

 

 

先生も看護師さんも、あぁ〜あのセットの用意して。みたいな。

 

 

 

 

今もあるんかなあの病院。あるやろな。普通の内科やもん。

あ、泌尿器科やったかな。

 

 

 

 

『恋ちゃん、あの病院の先生すごいな』

 

 

「何が?」

 

 

 

『この頃は僕が来たら、あ、あのセットの用意しといて言いはるんですわ』

 

 

「あぁそう。ほんで抜いて何日目なん?」

 

 

『僕ですか?4日目ですけど、こないだ楽天で買った薬物検査キット試してみたら陰性やったから朝ブッこんで来ました』

 

これw

 

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「なんのために抜いたん」

 

 

『いや・・あの切れ目の爆睡感がたまらんくて癖になってるんですわ』

 

 

 

 

 

こんな人には絶対紹介したくないね・・。この病院。

 

 

 

抜きたい病院を紹介してきて、ここまでポン中の救世主の病院を無駄にしてほしくないと思ったことはない。

 

 

 

 

 

あ、この記事を読んで「その病院教えてください」って言う問い合わせにはお答えしてませんので

 

 

 

そんな状態の方は、ブログ読んでる暇があれば

大量に水飲んで、サウナでも行って

栄養たくさんとって、サッサと寝とってください。

 

 

 

 

 

だめ。絶対。

 

 

 

 

 

 

アディオス。

 

 

 

 

 

4歳児のお尻の穴の匂いは大人と一緒やで多分問題

子供達お昼寝中に、精神状態が良からぬ方向へいってしまって

 

 

急いで頓服飲んでいました。

 

 

あれ、なんなんやろね。フラッシュバックって古い言葉はもう今時使わへんみたいやけど

 

 

そんな精神状態にたまになる。

 

っと書きたかったんやけど、次男お昼寝から起きたし

 

 

長男は「ちょっと手を匂ってごらん〜🎶」

 

 

ってトイレから出てきたら、言うから

 

 

ってきり石鹸で手を洗ったんかな〜?って長男の手を匂ったら

 

 

 

「違うよ。この指だよ」

 

 

てなぜか、小指出してくるやんか。

 

 

 

『なに?小指・・?クンクン』って匂ったらめっちゃ臭い。

 

 

 

『なんなん!どこ触ったん?!』

 

 

 

「え?お尻の穴だよ。昨日お薬入れたから探してたんだよ」

 

 

 

そうそう、昨日長男熱で

39度出てしんどそうやったから座薬入れてん。

 

 

それを、今になって小指で探してたらしい。

 

 

 

もう

 

 

キレイキレイで入念に小指洗ったわ。

 

 

 

4歳はたまにぶっ飛んだことするな・・。

 

 

 

 

そんなことがあったり、頓服飲んで効いてきたから

このフラッシュバック(死語かもしれん)の話はまた今度。

 

 

 

 

 

子供達が早めに昼寝から起きてきたから、また深夜にきます。

 

 

見てくれてる人、何にも気付きのないこんなブログを読んでくれてありがとうございます。

 

 

4歳のお尻の穴は大人と同じ匂いがしました(多分)

 

 

本日の写真。

 

ミニチュアが大好きな私が気に入ってるミニチュア。

 

 

こんな街並み大阪のアパートメントでよく見たなぁ。

室外機の上の枯れた観葉植物と灯油缶がリアルすぎ。

 

 

 

この手作りミニチュア一軒(15万)

 

旦那にこうてくれ言うたけど、もちろん買ってくれんかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではまた。

懲役の前歯がない人たちは大体男に折られてる。

長年の悪事が祟ってか

 

 

歯がボロボロなんですわ。

 

 

 

ずっと治療に通っててんけど、次男妊娠した時から通うの辞めて。

 

 

 

もう、大嫌いで。歯医者が。

 

 

出産より怖い歯医者。痛くない言うても絶対痛いことしてくるやんか。

 

 

2年くらい行ってない間に、悪化してるんか今また前歯が痛いねん。

 

 

前歯やで?前歯なんて絶対治療痛いやん。

 

 

 

でも、前歯痛いわぁ痛いわぁ言うてたら

前歯上下で、8本くらいしかない旦那が言うねん。

 

 

 

「歯は大事にせなあかんで。月曜日行っておいでや」って。

 

 

 

 

簡単に言うなボケ!思うんやけどな。

 

 

前歯上下で8本しかに旦那が言うたら説得力ある。

 

 

あ。今前歯8本なら普通やんって思った?

 

 

ちゃうで、全部の歯が前歯8本しかないねん。

 

 

 

他の歯はないねん。

 

 

 

入れ歯やねんけどな。

 

 

 

 

夫婦揃って歯がボロボロ。

 

 

 

旦那は虫歯ないんやけど。

 

 

歯がないねん。

 

 

私は歯はあるんやけど、虫歯にすぐなるねん。

 

 

 

歯医者大嫌いやのに。

 

 

 

毎回、治療前にタオル貰って握りしめな

汗でびっしょりなるねんけど。

 

 

1回行ったら、次いつくるかわからへん言うて

3時間とか治療されるからトラウマや。

 

 

 

 

これ書きながら、クッキー食べてんねんけどな。

 

 

 

歯は磨いてるけど、溶けるように虫歯になっていくのはなんでやろうな。

 

 

 

 

「お母さん、1日3回か5回は歯を磨かなあかんで」って一日中暇があったら歯を磨いてる旦那に言われるんやけど

 

 

そんな暇ある???

 

 

 

歯磨き粉すぐなくなるから、逆にもう少し控えて欲しいくらいや歯磨き。

 

 

何の話かわからんようになってきたから寝るけど。

 

 

 

前歯が痛いってほんま嫌やで。

 

 

もしかしたら前歯なしになるんちゃうかとか考えてまうわ。

 

 

 

懲役の7割くらいのポン中は前歯ないからね。

 

 

シャバじゃ考えられへんけど、懲役には前歯のないベッピンさんがいっぱいおる。

 

 

 

抜け落ちた人もおるけど

 

 

大体は男に殴られて折れてる人ね。

 

 

 

あんなんにはなりとうないのぉ〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、今日も次男に続き長男が熱出てるため

早めに寝ます。

 

 

 

 

今日の一枚は意外と筋肉質の次男君。

生まれた時から蒙古斑だらけで、我が家ではダルメシアンと呼んでいます。

 

 

 

 

 

 

おやすみ