マウントされる女やめる大学 -48ページ目

マウントされる女やめる大学

どんなに自己肯定感が低くても
熱量集中心理カウンセラー☆マリチャンヌ学長が
あなたの人生を文明開化!
人生の照明を当ててみせます!

 「こうあるべきだ、強め」から

「そんな自分をゆるしてお金持ち*」

 

 

優雅な星へ導く

お手伝い心理カウンセラー・

マリチャンヌです。

 

 

 

わたしは現在、心理カウンセリングを通し

 

心のボタンの掛け違いをゆるめて

未来を思い出すお手伝いという

素敵なお仕事を

させていただいています。

 

 

あなたの周りにこんな人はいませんか?

 

 

街頭ティッシュや試食販売

 

「無料」と書いてあると

ガツガツ手を出すが

定価には見向きもしない。

 

 

値段が下がるまで待っている。

 

ゲームじゃなくて、本気。

 

 

 

 

 

 

「くれくれ気質」

 

なかなか優しさのない言葉です。

 

 

わたしは、長い長い間そこにいました。

 

 

くれるとなれば、必要かどうか?も考えず

一目散に手を上げていた。

 

そして、溜め込んで渡さない。

 

 

奪う奪われるの世界の住人かな?

 

 

とてもとても大事なものを

「知らなかった」のです。

 

 

 

 

そこで今日は

「くれくれ星人から愛を見出した時」

のお話しを書きます。

 

 

よろしければ最後までお付き合いください。

 

 

 

 

わたしは高3の9月に高校をやめ

 

足りない単位は翌年、

通信制の高校に通って卒業しました。

 

 

通信制なので、生徒の年齢は様々です。

 

今と違い

データ管理がアナログな時代

 

その時の生徒手帳を、25歳になっても

 

「ペンでこっそり書き換えて、

これで学割にならないかなぁ・・」

と、本気でコソコソ考えていました。

 

 

とにかく

「わたしだけもらえない」

「もらえている時でも、満たされた感覚がない」

 

 

「わたしは悪くないのに!

誰もわかってくれない・・」

 

 

漠然とした不足感があるのが

通常モードでした。

 

 

生きていること=悲しいことでもありました。

 

 

 

当時わたしの元に来る人は

絶えず何かの不満が多く

 

 

ちょうだいちょうだい、と

ねだる人だらけでもあり

 

 

嫌だなぁと思いつつ

一人になる寂しさよりはマシだ、と

不満を募らせながら

いつもニコニコしていた記憶があります。

 

 

ひとは鏡、とはうまく言ったものです。

 

 

 

そのような感じで

全てのことがずれていました。

 

 

土台がずれていると、建物もずれる。

同じ原理です。

 

 

わざとやっているわけではないから

余計辛かったですね。

 

 

 

手さぐりながら、

自分の感覚を取り戻す暮らしに

シフトするようになり

 

 

心理講座を卒業して、カウンセラーとして

数年経った頃

セルフワークをしていた時でした。

 

 

「父とわたし、という関係」を紐解く流れから

度肝を抜く本音が出たのです。

 

 

 

「誰にも見つからないなら、

ズルして知らん顔してりゃいいじゃない」

 

 

ああ、これは、お父さんと同じだ・・

 

「無料」にしがみつく自分もよぎりました。

 

 

「あの人みたいにだけはなっちゃおしまいだ・・」

 

 

ずっとわたしはそう思っていました。

 

 

大酒を飲まない以外の

成りたくなかった面はそっくりすぎて

 

 

その事実を認めるということは、

とても苦い作業ではありましたが

 

 

ルーツがわかったことで

安心したのも本当です。

 

 

 

不都合な自分にメスを入れて

ただ、受け止めました。

 

 

 

強めの「損したくない!」があるのは

 

誰かにぶら下がって生きることしか

頭になかったから 。

 

 

そしてその考えを

どんなやり方をしてでも手放せませんでした。

 

 

一番見たくないわたし。

 

だけど、

「心の底では一番知っているわたし」。

 

 

 

現実や、責任というものを背負う

大人にはなりたくないけど

 

 

誰かにぶら下がりながら、

できればずっと

いい思いはしたかったのです。

 

 

 父は父なりに、生きてきたルーツがあり

自分を守るために編み出した生き方だったと

思います。

 

 

要はわたしも父も、願わくば

ずっと乳児でいたかったのです。

 

 

 

 

 

・・・今だから思うことがあります。

 

 

父母の知らない父母、

もちろんわたし自身の人生も含め 

それぞれの世界は

自分次第でいくつもあったのではないか?と。

 

 

パラレルワールドとも言いますね。

 

 

 

小さなことのようですが

 

「わたしはわたしのために、どうしたかったのかな?」

 

を、できる限り投げ出さないことから

 

 

思いやりや、いたわりにもつながる

多くのことが

始まっていくのではないでしょうか?

 

 

施し/奪い合い、ではなく

「自分の好き」を大事にして生きていく。

 

 

あふれるものは朽ちることはありません。

 

 

それを喜んで手渡したり、

受け取れる自分で在りたいです。

 

 

もしかしたらそれ自体、

自分の足で歩いている状態、とも

いうのかもしれませんね。

 

 

いつかのわたしに

もう一度向きあってみることで

 

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