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マウントされる女やめる大学

どんなに自己肯定感が低くても
熱量集中心理カウンセラー☆マリチャンヌ学長が
あなたの人生を文明開化!
人生の照明を当ててみせます!

 

 

「こうあるべきだ、強め」から

「そんな自分をゆるしてお金持ち*」

 

優雅な星へ導くお手伝い心理カウンセラー

マリチャンヌです。

 

 

 

わたしは現在心理カウンセリングの

お仕事をさせていただいています。

 

 

見渡せば、お仕事はもちろん

遊びの分野も含め

ペンネーム・ハンドルネームなど

 

本名以外で活動されている方も

世の中にはたくさんいらっしゃいますね

 

 

 

先日、暦的に改名日和だったのかな??

(奇遇かな??)

 

 

理由も様々でしたが

SNS上でほのぼのした記事を

たくさん目にしました。

 

 

 

そういえば・・

わたしもペンネームの人でしたね。

 

 

イラストレーターの頃

「自分の存在を消したいという理由」から

ペンネームをつけていたことを思い出しました。

 

 

今はしっかり顔だしプラス、

「まりこ」「まりちゃん」をもじって

マリチャンヌです。

 

 

表面的には同じことをしているのに

この気楽さの有ると無しはどこからきたのか?

 

 

今日は

「ペンネームですべて消してしまいたかった頃」

について書きたいと思います。

 

 

よろしければ最後までお付き合いください。

 

 

 

 

 

思い返すと19歳頃でしょうか?

 

 

生きているのが嫌で嫌で

姓名判断の本ばかり

見ている時期がありました。

 

 

 

わたしの名前は、漢字表記だと

「森脇真理子」というのですが

 

 

どの本を読んでも

苗字と名前の相性の画数が

あまり良くないそうで

 

 

どんな当て字をしても

およめにいって、苗字を変えぬ限り

良い画数にはならないとあり

 

 

名前が悪いから

こんな人生になったのだ・・・と

 

当時のわたしはとにかく何かのせいにすることで

そんな気持ちから逃れたかったのです。

 

 

 

過去と他人を見返す動機で

25歳でイラストレーターになり

本名のひらがな、カタカナ表記で

しばらくはやっていましたが

 

 

わたしが世に出ようが出まいが

不登校のころのクラスメートたちの

わたしへの印象が

特に変わることはないのだなぁと

 

 

帰省したときふと気づき

 

 

仕事をはじめて2年で

「わたしを認めろ!見返してやる」からの

モチベーションはあっさり消え

 

 

その後、見たい夢も見つからず

惰性で同じ仕事を20数年やっていました。

 

 

 

自己肯定感は低く

自分を隠したい気持ちも強いままでしたが

細々とご飯が食べていけたらいい・・

という願いはあり

 

 

読んでいた姓名判断の本の先生に

一万円を送って

名前を3つつけてもらいました。

 

 

綺麗で完璧な画数の名前でした。

 

 

皆が知る大企業の広告、雑誌、書籍に携わり

収入は自分バブル!

 

 

しかし、いつ仕事がなくなるか?

そればかりが恐怖で

締め切りだらけなのに営業にまわり

精神と身体はボロボロでした。

 

 

わたしはイラストレーターを

やっていることも何十年隠していました。

 

 

華やかそうなカタカナ職業ですが

中身はいたって地味な

職人の仕事。

 

 

すごいねぇ〜と言われても

あまり素直に受け取れませんでした。

 

 

自分を受け入れられない自分と

本音を外に出せない自分。

 

 

誰かにすがりつきたい思いを抑えながら

人前に出るときは、たのしいことだけ頭に浮かべて

その場を切り抜ける会話をする日々。

 

 

それでもまだ、

「みんなに受け入れられるわたし」にこだわっていました。

 

 

南青山のカッコいいデザイン事務所で

打ち合わせをしていたとき

 

 

抑うつが、どん!やってきて

何度めかの

からだをはった強制終了が来ました。

 

 

 

少しずつ

それまでの自分の生き方に疑問が出るようになりました。

 

 

 

やがて、心理の勉強をするようになり

知りたくなかったこの面にも

自らメスをいれていきました。

 

 

 

「わたしは生きて存在していてはいけない。

他人に存在を確認されると

そのあとどうせ排除される」

 

 

いろんなやり方を駆使してまで

意地でも

さらけだすことを拒否していた

奥にあったものはそれらでした。

 

 

 

そしてわたしは、自分のいきる場所を

他人に作ってもらい

その中でぬくぬく生きていくしか

 

 

人生というものには

選択肢がない、と思いこんでいたことにも

気がつきました。

 

 

 

 

ばかだなぁ・・・・・

 

おばかさんだったなぁ・・・

 

 

ばかだなぁ・・・

 

 

でも、知らなかったんだもんね

 

ただ、知らなかったんだよね

 

世界が偏って見えていただけ

 

 

 

でも、こうして気づけたのも

後天的であれ

自分をいたわることを諦めなかったから。

 

 

わたし、ありがとう**

 

 

 

先日帰省して母と話していたら

母の兄弟全員、受け身人生で

 

「考えてみれば、うちは3人とも

誰かに施されて

流される生き方をしていたわー」と

さらに衝撃のおうちルールが判明。

 

 

絶句していました。

 

 

ありがとう、一子相伝・・

ふたりで爆笑です!

 

 

 

自分のハートの声を聞く

 

小さい願いでも叶えていってあげる

 

 

地道ですが

「わたし」が「わたし」と

つながっていくことで

 

 

「隠すものがあった」

それ自体の誤解はとけていきますよ

 

 

 

あの頃自分を隠したい目的で

選んでいたグレーという色の服も

 

 

ピンクやベージュや青と同じくらい

今日も大好きで

 

冬のおしゃれを楽しんでおります。

 

 

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苦手な気持ちだけど

自分で向き合ってみることで

気がついたこと、

 

ゆるんでよかったなぁ・・

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