■いい気分のある暮らし許可してあげよう、大事な人に | マウントされる女やめる大学

マウントされる女やめる大学

どんなに自己肯定感が低くても
熱量集中心理カウンセラー☆マリチャンヌ学長が
あなたの人生を文明開化!
人生の照明を当ててみせます!

 

 

こんにちは。

 

 「こうあるべきだ、強め」から

「そんな自分をゆるしてお金持ち*」

 

 

優雅な星へ導く

お手伝い心理カウンセラー・

マリチャンヌです。

 

 

 

わたしは現在、心理カウンセリングを通して

心のボタンのかけ違いからくる

生きづらさを

 

 

ゆっくりゆるめてゆるす

お手伝いをさせていただいています。

 

 

 

以前、複数とお話をしているとき

こんなつぶやきがありました。

(Aさんとします)

 

 

Aさん)

「自分だけいいことがあったとき

 

ちぇって、ものすごい顔をされることが

よくあり、怖くて

そのあとどうしていいのかがわからなかった」

 

 

わたし)

「そのいいことは、Aさんにとって

嬉しくないことだったのですか?」

 

 

Aさん)

「いえ、とても嬉しいことでした☆」

 

 

しかし、そのあと

 

意に沿わない気持ちを持ちながら

相手の不満に合わせるということが

多いというお話でした。

 

 

 

わたしもかつて

その考え方が日常化していたので

多少なりとも気持ちは理解できましたが

 

 

 

「ああ、どちらの人も

全て持ち合わせているし、

無限に持っているのに・・・」

 

という思いで聞いていました。

 

 

 

 

今日は

「いい気分のある暮らし許可してあげよう、大事な人に」

という話について書いてみようと思います。

 

 

しばらくお付き合いくださいね。

 

 

 

以前のわたしは

1万円以上のスカートを買っても

 

3980円だったよ、と

誰にも何も言われていないうちから

へりくだる嘘をつくところがありました。

 

 

もしくは、ほんとにセールで買ったのなら、

そこを強調したり・・

 

 

「相手に責められないため」の自己防衛が

動機です。

 

 

 

別の角度から見たら

「いい思いをするわたしに、わたしが罪悪感を持っていた」

ということでもありました。

 

 

 

わたしだけ、単独でいい思いをしてはいけない。

 

 

もしいい思いをするのなら

「みんないっしょに」でなければ

お尻の据わりが悪い。

 

 

 

それは、一人暮らしをするようになってから

むしろ「しなくていい」とまで

言われていたのにもかかわらず

 

10年以上、家に仕送りをしていたと

いうところにも表れていました。

 

 

 

今思うと、その後経済がひっ迫し

仕送りができない状況になったことは

 

 

立ち止まって自分を見つめるための

サインだったのかもしれません。

 

 

 

 

生きづらさから

心がボロボロになっていく時期とも重なり

 

 

それでも何かを諦めきれなくて

自分なりに模索していた頃に出会った

 

 

 

精神科医の泉谷先生、

バカの壁の養老孟司さんお二方の著書は、

わたしの人生観を変えました。

 

 

 

 

『頭の声と心の声は別のもの。

心と体は繋がっている』

 

 

『入力と出力』

 

『文武両道の履き違え』

 

 

衝撃でした。

 

 

 

心の声を聞いてあげよう

 

したくないのにやっていることは

やめていく

 

減らしていく

 

 

本を読みながら

暮らしの中で、こわごわですがやりつづけ

体を通して気づいたことは

 

 

のちに、心理カウンセリングの勉強をするようになり

ここでも同じことを言われました。

 

 

普遍性ってあるのかもしれませんね。

 

 

 

そして嬉しかったことを値引いて伝える癖

 

「誰かに責められないため」・・の誰かとは

 

 

それは頭の中に住む母の声だったんです。

 

 

 

「お母さんより得意であってはいけない」

「お母さんより稼いではいけない」

 

 

お母さんより、幸せになってはいけない。

 

 

・・・・・あれ?

 

 

わたし、

お母さんがかわいそう、って思っていたんですね。

 

相手をたててへりくだるのも

仕送りも、全てそれが動機です。

 

 

 

「憐れみ・・」

 

 

わたしは、自分を下に置くというやり方で

マウンティングしていたんです。

 

 

 

わたしは、母と電話でたくさんの話をしました。

 

いつか伝えたかった気持ち、

伝えたのに意見の相違のあることは

ことごとく拒否されて悲しかった思い・・

 

 

 

すり合わせも含め、何度も話をしながら

 

「母が何をしあわせと思うのか?」を

わたしは、わかっているような気に

なっていただけだったのかも?と

気づくようになりました。

 

 

境界線が曖昧なおうちの価値観を

何世代も引き継いできているので

 

 

わたし自身も、母と同じで

「自分がそう思うなら

 

相手もそう思うに違いない」という

考え方に違和感がなかったんですね。

 

 

 

違っていて当たり前。

 

当人がハッピーなら、全部まる!

 

 

 

いつもわたしの中にあった

深い悲しみ「わかってほしい」の奥にあった

 

長い誤解が解けた瞬間でもありました。

 

 

 

母は相変わらず、安いものが高見えするというお買い物を好みます。

 

 

以前のわたし同様

自分を下げての、安いもの自慢もします。

 

 

わたしはわたしで、勇気はいりましたが

ほしいものを買えてハッピーな時

美味しいお店でご飯を食べたとき

 

 

別に本当の値段を言ってもいいんじゃないか?と

思うようになりました。

 

 

日比谷ミッドタウンで食べた

1600円のパフェは、全世界に伝えたいくらい

おいしくて芸術的な味だったんですもの。

 

 

 

 

今のわたしは、わたしの大事なものがあり、

できる限り

心が本当に願うものを叶えてあげたいと思う

気持ちで暮らしています。

 

 

 

 同じように、わたしも

誰かが自分を暖かく満たした話は

聞くだけでハッピーになります。

 

 

終わりなき

愛のぐるぐる循環、と

こっそり呼んでいます。

 

 

日常の中にある思い込みから

 

気づけたことも書いています。

よかったらご登録くださいね*

 ↓    ↓    ↓

メルマガ登録はこちらへ

 

 


かってにマリチャンヌファンクラブ発足