帯広の黒猫「クロ」。と、モノクロネコ「モノ」。 -20ページ目

帯広の黒猫「クロ」。と、モノクロネコ「モノ」。

北海道でバドミントンとかしてるのです。ゴルフもやりたいのです。釣りもやりたいのです。スノボも、スキーもψ(`∇´)ψ黒猫のクロ様とモノクロネコのモノちゃんの家に間借りしています☆どっかにTwitterやらFacebookやらあるけど、こことは連動させていないのです。

こないだ幼馴染の結婚式の参加者のうち一人はとは、忘れられない思い出がある汗



たぶん彼女も忘れられないんだろう( ̄◇ ̄;)



会うたびに言われる。今となっては笑い話だけどね音譜




小4のとき特別に仲が悪かったわけじゃないんだけど、なんかで喧嘩になったんだ。なんでかは、今となってはわからないけれど、どうせくだらないことなんだろう(。-_-。)



彼女は運動神経抜群で、身体もでかかったあせるそれに比べて俺は、体育は『ふつう』かそれ以下の成績なくらいだったんだ。



そんな『女子』たちに勝てる感じもしないので、というか口げんかの延長で走って逃げ出したんだ( ̄◇ ̄;)




逃げ切れるわけもなく最終的に追いかけ回されて、体育館まで逃げたDASH!



器具室に潜伏して必死に戸を抑える俺(。-_-。)こじ開ける女子(T . T)




もちろんこじ開けられ追い詰められた俺は、、、( ̄◇ ̄;)







女子にカウンターを一撃!!顔面に食らわせたのだパンチ!






あんまりよく覚えてないけど負けてないぜードンッ






と、思ったのも束の間。
思いのほか綺麗に決まったらしく、彼女はずっとうずくまって顔を抑えているあせる



他人、しかも女の子を殴るようなコトは、後にも先にもアレっきりだ。





まああれくらいの年の頃は体格的に男も女も大差ない、というか女の方が強い訳で(-。-;
痛がってはいたけど、ものすごい負けん気で睨んできてたなぁー(;´Д`A





まぁ、そんなことがあっても、そこは子供音譜そのあとはそこそこ仲直りして、オトナになってもたまに会う。




その度にこの話を出されるんだよね(T . T)
今では毎回あやまっています汗




あれ?そこの強者弱者関係は変わっていない??!!!
本当に小さなころからオトナになるまでの幼馴染と言えるのは、自分のなかでは何人かいる。



その他は保育園一緒かもしれないけど家が遠かったり(。-_-。)



































そのうち一人は、もう、いない。







































高校生の時、旭川西武の前で学校帰りにギター持って弾語りしながら、夜遅くまでたむろしたっきり会っていない。



次はそれから五年以上経ち、新聞の小さな死亡広告で名前を見つけた。



























なにがあったのか?今でもハッキリわからないから、なんだか今でもときどき思い出す。



彼のことはまた別の機会に。でも、「こんな時」には必ず思い出さなくちゃいけないやつだし、忘れたくない。







































「こんな時」ってのは、幼馴染のうち一人の結婚式が昨日あったからだラブラブ







































たぶん、彼女は旭川の中でもそうとうの美人だ恋の矢広報誌やら地方テレビに出るくらいだけれど。



なんで今まで結婚しなかったのかな(。-_-。)?



















ちなみに昨日来ていた仲良し四人組(新婦込)はみんな美人だラブラブ



帯広に住んでる黒猫「クロ」。






子供の頃から友達として身近にあのレベルの美人がいたせいか、どうやら俺は面食いらしい( ̄◇ ̄;)



おかげで苦労するぜ(゜д゜;)































それはさておき、子供の頃、よく走って追っかけられてたなぁー。運動神経抜群の彼女汗



ぜんぜん逃げ切れませんDASH!DASH!































披露宴で判明したんだけど、未だに小学校の時の水泳の記録抜かれていないらしい。。。































んでもって、新婦のご両親から言われた言葉。







「子供のころ自転車取ったとか取られたとかよくケンカしてごめんねー得意げ







どんな理由でケンカしていたんだ…汗ってか覚えてないっ・・・。



























そして、結婚式のメッセージカード。



「自転車の補助輪取れたのは、俺の自転車のおかげ…」



























どんな記憶力汗



























全然覚えてないなー・・・。



























新郎と初会話。新婦が俺を新郎に紹介。











新婦:「ほら!自転車のww



新郎:「おー!!」











・・・・・・・( ̄_ ̄ i)











どんだけ自転車ww



























けど、小学校の時彼女とは習字を習いに土曜日一緒に結構遠くまでてくてく歩いて行っていた記憶がある。



学校行くとケンカするのに、不思議とケンカしないでお昼ごちそうになってファミコンしてから習字に行くのが土曜の午後の日課だった。



なんと、彼女の家にはファミコンのディスクシステムがあったのだっw










おかげでたぶん字はきれいなんだぜっ音譜











そして小学校のときは、運動神経的にも気の強さ的にも全然かなわなかったのに、中学校になったら不思議と優しくなった。。。。



























大人になってから聞いてみた。







「なんで小学校の時ケンカしてたのに、中学校になったら優しくなったのー???」






「だってアンタでかくなったしょ・・・にひひ























そうかー。。。たしかに。



女ってずるいのね(-。-;)























いろいろあったけれど、昔っから変わらないイイ娘でしたっ♪





















結婚おめでとうラブラブ
うちのじいちゃんは、俺が中2の時に事故で亡くなった。






それまで、一緒に暮らしていたけれど、優しくて几帳面でよく働く人だった。





保育園くらいだったか?それより前か?

暑い日も寒い日も庭の草を綺麗にむしっていたじいちゃんは、家のなかにいる俺を笑わせようとおどけて見せてくれてたニコニコ





うちの庭はいつも綺麗で、石ころさえも雑にはなってなかった。






冬はうちの前だけ雪が綺麗に整形されていた。
毎日のように雪が積もる旭川で、だ。





お菓子屋さんをしていたことのあるじいちゃんは、スキヤキのタマゴをかき混ぜるときのかき混ぜ力がハンパない( ̄◇ ̄;)
そんなとこも几帳面。






すごく我慢強くて、足の指が折れてるのに、
『しもやけ?で腫れてる』
とか言っていたらしい( ̄◇ ̄;)







玄関の靴はそろえるんだよ、って、優しく何回も教えてくれたじいちゃん。





お菓子屋さんのあと、旭川にある電子部品工場に関わっていて、いろんなもの見せてくれた。

高校くらいで見る、電球のなかにある羽車に光を当てると回る装置も子供のころからなぜかうちにあった。

だから、すごく理科が得意なのかもしれない。





退職してからも、警備の仕事をしていた。
夜は警備、昼は庭いじり。
70代とは思えない丈夫さで、仮眠くらいしか見たことなかった(*^_^*)



寝酒に、ハチミツとウィスキー混ぜたのを持っていたじいちゃん(*^_^*)





夏も冬も、自転車でどこまででも行くじいちゃん。






交通事故がなかったら、今でも庭いじってるんだろうなー(^_^)
物心ついた時は、もう退職しててカブに乗ってあちこちいっていたじいちゃん。





農協を勤め上げ、ニコニコ寡黙だったじいちゃん。





寡黙なんだけど、たまに鋭いウィットに富んだ一言を放つじいちゃん。






お年玉だとか、お祝い事してくれる時も、寡黙なんだけど、ニコニコしていたじいちゃん。





お正月、近所で麻雀しに出かけちゃうじいちゃん(。-_-。)






食後は必ずリンゴを食べるじいちゃん。





おかずに何かかける時は、醬油ひとすじ!!






そんなカッコいいじいちゃんだ。






東旭川のばあちゃんの調子が悪くなったころから、耳が遠くなっていった。




もともと寡黙だったので、なんだかみんな気づかなかったみたいだ。





だけど、少しずつ痴呆は進んでいたんだ。始めデイサービス、それから施設へ入所となって、帰省するとき何度かお見舞いへ行った。




去年の夏ころ?は、もう大半の人の顔は忘れてしまったのか、自分が行っても、いつも通りニコニコしていた。


うちの母さんが耳元で
『孫が来たよーアップ
というと、
『おお、そうか(*^_^*)』
って。




それでも、いつも通りの優しいニコニコ笑顔だったから、嬉しかった。




それに、もしかしたら自分のこと思い出せなかったのかもしれないけれど、《自分に人が会いに来た》ということできっと優しくニコニコ迎えてくれたんだから、じいちゃんの芯は変わっていないんだってすぐわかった(*^_^*)





帯広から来たんだよーアップって話した。






そんな状態のなか、叔父さん(だからじいちゃんから見ると息子)が来たときもハッキリ息子とわかったのかわからなかったそうだった。




介護士さんが、おじいちゃんに似て息子さんハンサムだね~音譜っていったら、じいちゃん嬉し泣きしたんだって(^_^)




何かがつながった瞬間だったんだろう。





叔母さんが、最後にしっかりした反応をみた、最後のお話。






じいちゃんは、今、病院で闘っている。もう、元に戻ることはないけれど、ときどき目を開けるんだって。

会いにいっても、わかってくれてるかわからないけれど声をかける。ニコニコしてたじいちゃん大好きだから。








『ヒデだよ。またね音譜』って。