国際化が進む現代社会において、グローバルな視野やスキルを身につけることが求められています。しかし、グローバルな人材になるためには、英語だけでなく、教養や専門知識も必要だということをご存知でしょうか?
今回は「教養人となるための3つの条件」と題し、大川隆法総裁先生の教えから、国際的な舞台でも活躍できる教養人となるための方法を探ってみたいと思います。

1. 読書

Angel

教養人になるためには、読書も欠かせません。大川隆法総裁先生は、「一生のうちに五百冊の愛読書を持つことができたら相当の教養人だと、一般には言われています。なかなか愛読書を五百冊も持てないのです。数十冊も持てればよいほうで、繰り返し読む本はなかなか持てません。」(『卒業生に期待すること』)と述べられています。このように繰り返して読める愛読書をつくることが大事だと思います。
私も、大川隆法総裁先生の著作や、歴史小説や経済小説など、自分の興味のある本を読んでいます。読書をすることで、自分の知らない世界や考え方に触れることができますし、自分の言葉で表現する力も鍛えられます。

2.新聞

Angel

教養人になるためには、新聞も有効な情報源です。大川隆法総裁先生は、「ただ、新聞は、バカにしたものではありません。じっくり読めば、かなり時間がかかりますし、新聞には、だいたい新書で二冊分ぐらいの情報量は入っていると言われています。」(『智慧の法』)と述べられています。私も毎朝、新聞を読んでいますが、日本や世界で何が起きているかを知ることができますし、自分の意見を持つことができます。ただし、新聞はすべてを信じるわけではありません。
大川隆法総裁先生は、「私はリビングで主要な新聞を読んでいますが、いちばん思想的に正反対のことが書いてあり、『赤旗』にそっくりと言われている東京新聞は寝起きをしているところのリビングに置いてありますし、毎日新聞は仕事場のほうに一部置いてあります。」(『大学生からの超高速回転学習法』)と述べられており、私も時間がある時は、複数の新聞を読んで、様々な視点から情報を比較しています。

3.旅行

Angel

教養人になるためには、旅行も素晴らしい学びの機会です。旅行をすることで、自分の目で世界を見ることができますし、現地の人々と交流することができます。大川隆法総裁先生は、「旅行は、教養を高めるためには最高の方法だと思います。 旅行をすることで、自分の国や文化に対する相対的な視点を持つことができますし、他国の歴史や文化に触れることができます。 また、旅行は、英語や他の言語を実践的に使う機会でもあります。」(『「国際教養概論」講義』)とおっしゃっています。
私も、海外旅行に行った経験がありますが、本で読んだことや写真で見たことよりも、実際に現地に行って感じたことや学んだことが多くありました。旅行は、教養を深めるだけでなく、自分自身を成長させることもできます。

以上が、教養人になるために必要なことです。教養人になるためには、専門知識だけではなく、歴史や地理、文化や宗教など、幅広い知識を持つことが必要です。また、読書や新聞やテレビや旅行など、さまざまな方法で情報を得ることが必要です。教養人になれば、グローバルな人材として活躍するための基礎ができると教えて頂いております。

 

「主と共に生きる」

すべての心、そのままの温かさで
主は私を優しく包んでくださる。
涙も、笑顔も、喜びも悲しみも、
すべてを愛し、変わらぬ微笑みで受け止めてくださる。

この胸の中の静かな思い、
そのすべてを主と共に感じている。

寂しさも、喜びも、
主と共に分かち合い、感謝する。
星のきらめき、風のささやき、
花の香り、水の潤い、
すべての生命の息吹。

主からの贈り物、
そのすべてを心から受け入れ、
喜びとともに、感謝の心で返していく。
それが、主と共に生きる意味なのでしょう。

夜空を見上げ、星々の輝きを感じながら、
主と共に、この一瞬一瞬を大切に生きてゆく。

主の御光の下、
心は静かに揺れ動く波のよう。
この瞬間、この刹那、
すべてが繋がり、一つとなる。

主と共に歩むこの道は、
時には険しいけれど、
その先には確かな光が待っている。
疲れを知ることで、休息の甘さを知り、
涙を知ることで、笑顔の価値を知る。

主との絆は、
見えないけれど、心で感じることができる。
その温かさに包まれながら、
日々の生活が、一つの詩となる。

主が私たちに示してくれる
世界の美しさ、そのすべてを
心に刻みながら、
感謝の気持ちを胸に秘めて歩む。

主と共に、
新しい朝を迎え、夜を越える。
そのすべての時を、
感謝と愛で満たしていく。

どんな時も、主と共に、
この無限の宇宙を旅している。
その旅の中で、
真の意味で生きることを学び、
主の愛と慈悲に感謝を深める。

 

 

こんにちは、宗教二世のゆうかです。今回は、大川隆法総裁先生が考える「武士道」についてお話ししたいと思います。
武士道というと、日本の伝統的な精神文化の一つとして知られていますが、その本質は何でしょうか?
武士道は、ただ命を捨てることや忠義を尽くすことだけではありません。武士道には、人間の尊厳や責任感、正義感など、普遍的な価値が含まれています。武士道は、現代社会においても忘れてはならない教えだと思います。
では、具体的にどのような教えが武士道に含まれているのでしょうか?それを知るためには、大川隆法総裁先生が書かれた経典を参考にいくつかのポイントを考察してみました。

1. 武士道とは「人を生かすために、死ぬことをも恐れない」ということ

武士道という言葉には、「死ぬこと」という意味が含まれています。しかし、それは、「死ぬために死ぬ」というわけではありません。武士道とは、「永遠の生命」を信じるがゆえに、「人を生かすために、死ぬことをも恐れない」ということなのです。総裁先生は以下のように述べられています。

「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」(『葉隠』)と言いますが、それは、「死ぬために死ぬ」というわけではありません。武士道とは、「人を生かすために、死ぬことをも恐れない」ということなのです。したがって、武士道のもとには、「この世とあの世があり、自分の魂は永遠だ」という考え方があります。そういう意味で、「武士道」とは、命を軽んずることではありません。それは、「永遠の命を信じるなかで、極限まで自分を試しつつ戦う」ということです。(『天使は見捨てない』)

2. 武士道は「ノーブレス・オブリージ(高貴なる義務)」の精神である。

武士道には「ノーブレス・オブリージ(高貴なる義務)」の精神があると言えます。「ノーブレス・オブリージ」(Noblesse oblige)はフランス語で、文字通りに訳すと「高貴さが義務をもたらす」という意味になります。この概念は、特に社会的な地位や富を持つ者に対して、その恩恵を受けている分だけ、社会に対する責任や義務があるという考えを表現しています。

具体的には、上流階級や有力者、富裕層などが、その地位や資産を利用して公共のためや社会的弱者のために行動することを期待されたり、戦争が起こった時には、最先頭で戦っていくことが求められます。

日本においても、武士道に通じる「大和魂」のなかには、「大義のためには命を賭して戦う」という、「ノーブレス・オブリージ(高貴なる義務)」の精神があります。これらは、武士道の心の源泉となっているのです。

幸福の科学学園では、「ノーブレス・オブリージ(高貴なる義務)」という少し難しい言葉も使っています。つまり、「周りからエリートとして認められるような人には、高貴なる義務が伴うのだ。やはり、人間は自分のためだけに生きてはいけない。世の多くの人たちから尊敬され、認められれば認められるほど、世の中のために尽くさなければならないのだ」ということを教えています。これは、古い言葉で言えば、日本の武士道精神かもしれませんし、ヨーロッパ的に言えば、騎士道精神かもしれません。いずれにせよ、「日本のために、世界のために、何かをお返ししていこう」と思う人たちをつくっていきたいと願っているのです。
(『教育の使命』)


このように、武士道は、現代社会においても忘れてはならない教えだと思います。私たちは、大川隆法総裁先生から学んだ武士道の精神を日に日に実践していきたいと思います。