今回は「この世の常識と信仰の戦い」について考えていきたいと思います。このテーマについては、大川隆法総裁先生が『メシアの法』第5章で詳しくお話されているので、その内容を元に、私たち若い女性がどう感じるか、どう生きるかを考えてみたいと思います。

 1. イエスが説いた信仰の厳しさ

Angel

 イエスは「私が平和を持ち来たらさんとして、この世に来たと思うな。私は剣を投ぜんがために来たなり」と言っています。これは、信仰が家族や友達、社会との関係に影響を与えることがあるという現実を指摘しています。信仰によって家族が割れたり、友達との関係が悪化したりすることもあるでしょう。しかし、信仰とはそういうものなのかもしれません。

 2. 信仰とこの世の価値観

Angel

 この世で目が見えていると思っている人が、実は逆に「ブラインド」「盲目」であって、真理が見えている人と見えない人がいるんのす。真理が見えている人は、この世の常識や価値観に縛られず、自分の信仰に生きることができます。しかし、それは社会的には理解されにくいことも多いと言えます。
 例えば、信仰が違う人と恋に落ちたら、どちらを取るか、という選択に迫られることもあります。そういう困難にぶち当たっても、それを乗り越えていける自分かどうかという試練にさらされると言います。

3. 信仰とこの世的価値観の衝突

Angel

 信仰は、この世の常識や価値観としばしば衝突します。しかし、その中で自分自身を見つめ、何を大切に生きるかを考えることが、信仰を深める第一歩かもしれません。最後に、大川隆法総裁先生のお言葉をご紹介致します。

 

「信仰」という言葉は、
そう簡単に根付くものではありません。
この地上世界においては、
見渡すかぎり、
信仰を潰す勢力のほうが圧倒的に多いのです。
自然のままであったら、
あなたがたの信仰は潰されるのです。

この世の価値観と照らしたら、
信仰というのは、みな夢幻の世界なのです。
信じられないのです。
見たことがない世界です。
聞いたことがない世界です。
そうでしょう。

生きながらにして、
どんな天使を見ましたか。
天使の声が聞こえましたか。
守護霊の姿を見ましたか。
その声を聞きましたか。
「天上界の大天使だ」「神だ」「仏だ」といっても、
その姿を見ましたか。
その声を聞きましたか。
話はできますか。
できないでしょう、ほとんどの人は。

その意味において、
多数決をとったならば、
信仰を否定するほうが優勢になるのです。

だから、
戦わなくてはならないのです。
自然のままに任せたら、
必ず、信仰を否定する勢力のほうが勝つのです。
だからこそ、
勇気を出して戦わなければいけないのです。

 

(『信仰を守る勇気を』より)


引き続き、信仰とは何かについて、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

 今回は、大川隆法総裁先生のお言葉「『世のため、人のため』が自分のためになる」について考えてみたいと思います。「世のため、人のため」がどうやって自分のためになるのでしょうか?『繁栄の法』第3章「繁栄のための考え方」を元に考えていきたいと思います。

 

 1. 奉仕の心が鍵となる

Angel

 大川隆法総裁先生によれば、自分の幸福と他の人の幸福をつなげるものは「奉仕の心」です。つまり、「世のため、人のために役立ちたい」と願うことが、自分自身の繁栄にもつながるのです。それは同時に社会全体の繁栄にもつながるのです。(太字は大川隆法総裁先生のお言葉です。)

 「自分は幸福であるが、国家や社会は不幸である」ということはありえません。国家や社会の不幸を願いながら、「自分だけは幸福でありたい」と思っても、両立しないのです。
 また、自分が勤めている会社に対して、「給料が上がらないのはけしからん。こんな会社は早くつぶれてしまえばいい」と思ったとしても、会社がつぶれてしまえば、その安い給料さえ出なくなります。
 しかし、これが分からない人が、世の中には数多くいるのです。


 この言葉、深いですよね。私は、自分だけが幸福で、周りが不幸であれば、その幸福は長続きしないということかと理解しました。
 

 2. 奉仕の心とは「愛」

Angel

 奉仕の心とは、別の言葉で言えば「愛」です。この愛を仕事や日常生活で表現することが、奉仕の心になるのです。

 個人においても、会社や官庁など、個人の集まりである組織においても、「多くの人の役に立とう」という奉仕の心を持つ必要があります。奉仕の心によって、個人の幸福と全体の幸福が調和されるのです。
 奉仕の心とは、別の言葉でいえば「愛」です。愛を仕事のかたちで表わせば、奉仕の心になるのです。


 残念ながら、この考え方を安っぽい道徳として片付けてしまう人も多いのです。しかし、その結果が争いや不幸を生んでしまうのではないかと思います。

 

 3. 地上天国への一歩

Angel

 

 奉仕の心を持つ人、「世の中のために少しでもお役に立ちたい」と願う人が、この地上に増えていけば、おのずと地上天国が出現します。それが、とりもなおさず繁栄の姿でもあるのです。
 繁栄のための考え方として、奉仕の心は非常に大切です。たとえ個人の仕事であっても、「公の心」を持たなくてはなりません。「自分の仕事は社会全体と密接につながっている。自分がよい仕事をすることが世の中をよくしていくことになるのだ」ということを、いつも考える必要があります。


 これが繁栄の姿でもあります。自分も幸福になり、周りも幸福にすることが最大の幸福です。「世のため、人のため」が自分のためになるというのは、奉仕の心、つまり「愛」から始まるのです。この愛を持って、日々を過ごすことで、自分も、そして周りも幸福になれる。そんな素敵な生き方を目指していきたいなと思いました!

 皆さんは、キリスト教の歴史に興味がありますか?私たちの日常生活とは少し遠いかもしれませんが、実は私たちの心の中にも共鳴する部分がたくさんあります。

今回は、キリスト教の使徒、パウロとペテロの劣等感について、深く考えてみたいと思います。

(参考文献:『愛、無限』第1章)

1. サウロ、後のパウロの回心と劣等感
パウロ|律法の行いによるのではなく、信仰によるのである | Hitopedia
  みなさん、サウロって名前を聞いたことがありますか?彼は後にパウロとして知られることになる人物です。しかし、驚くべきことに、彼は最初、イエスの弟子たちを迫害していたのです!その後、彼は福音を広める者として活動を始めたため、彼を取り巻く人々からは信じられないという目で見られました。そのときのサウロの心中を想像すると、きっと深い悔恨と劣等感でいっぱいだったでしょう。でも、彼は「行動で、実践で証明する以外に方法はない」と考え、伝道を始めたのです。実は、パウロは語学が得意で、その能力が彼の伝道の大きな助けとなりました。彼の劣等感や罪の意識は、彼を動かし続ける原動力となったのですね。

2. ペテロの劣等感と転生

  次に、ペテロについてお話ししましょう。彼はもともと漁師で、アラム語しか話せなかったため、伝道活動では非常に苦労しました。それは彼の深い劣等感からきていました。ペテロは、その劣等感を乗り越えるために学ぶことの大切さを感じ、魂の奥底にそれを刻みました。そして、約二千年後、日本で再び生まれ変わったときには、矢内原忠雄(経済学者、植民政策学者、東京大学総長)として学問を深く修めることとなるのです。その姿は、努力して成長しようとする私たちの姿にも重なりますね。
矢内原忠雄「信仰・言論弾圧・大学教育」を語るの通販/大川 隆法 - 紙の本:honto本の通販ストア
 最後に、大川隆法総裁先生のお言葉にもあるように、私たち人間は、魂の奥底に悔恨の思いや劣等感を持ちながら、それを変えよう、改造しようと努力しています。パウロやペテロのように、劣等感や過去の過ちを乗り越えて成長することが、私たちにもきっとできるはずです。
 私たちも心の中の劣等感を力に変えて、素敵な明日を迎えたいものですね!