皆さんは、キリスト教の歴史に興味がありますか?私たちの日常生活とは少し遠いかもしれませんが、実は私たちの心の中にも共鳴する部分がたくさんあります。
今回は、キリスト教の使徒、パウロとペテロの劣等感について、深く考えてみたいと思います。
(参考文献:『愛、無限』第1章)
1. サウロ、後のパウロの回心と劣等感

みなさん、サウロって名前を聞いたことがありますか?彼は後にパウロとして知られることになる人物です。しかし、驚くべきことに、彼は最初、イエスの弟子たちを迫害していたのです!その後、彼は福音を広める者として活動を始めたため、彼を取り巻く人々からは信じられないという目で見られました。そのときのサウロの心中を想像すると、きっと深い悔恨と劣等感でいっぱいだったでしょう。でも、彼は「行動で、実践で証明する以外に方法はない」と考え、伝道を始めたのです。実は、パウロは語学が得意で、その能力が彼の伝道の大きな助けとなりました。彼の劣等感や罪の意識は、彼を動かし続ける原動力となったのですね。
2. ペテロの劣等感と転生

次に、ペテロについてお話ししましょう。彼はもともと漁師で、アラム語しか話せなかったため、伝道活動では非常に苦労しました。それは彼の深い劣等感からきていました。ペテロは、その劣等感を乗り越えるために学ぶことの大切さを感じ、魂の奥底にそれを刻みました。そして、約二千年後、日本で再び生まれ変わったときには、矢内原忠雄(経済学者、植民政策学者、東京大学総長)として学問を深く修めることとなるのです。その姿は、努力して成長しようとする私たちの姿にも重なりますね。

最後に、大川隆法総裁先生のお言葉にもあるように、私たち人間は、魂の奥底に悔恨の思いや劣等感を持ちながら、それを変えよう、改造しようと努力しています。パウロやペテロのように、劣等感や過去の過ちを乗り越えて成長することが、私たちにもきっとできるはずです。
私たちも心の中の劣等感を力に変えて、素敵な明日を迎えたいものですね!