今回は『太陽の法』第4章9節を元に、釈尊がこの世を去る際、すなわち入寂するときの心境について書かせていただきます。今回の記事を通して、釈尊の深い教えとその最後の瞬間に思いを馳せ、何か新しい気づきを得られたら嬉しいです。(太字は『太陽の法』からの引用)

 1. 釈尊の最後の瞬間:入寂とは何か
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 釈尊が入寂する際、彼はクシナガラの沙羅双樹の木の下で、涅槃に入りつつありました。この瞬間、彼は次のように考えていました。

 「私は三十五歳で悟りをひらいて以来、四十五年間、善を探究し、正理とは何かを説いてきた。しかし、その私にも、ついに、肉体を去るべきときが来たようだ。私の老いさらばえた肉体よ、すべては無常であるのだ。私にはもはや、なんらおまえへの執着は残っていない。」

 2. 釈迦の遺言:弟子たちへの最後の教え

 釈尊は、自分がこの世を去る前に、弟子たちに向けても深い言葉を残しています。

 「ああ、かわいがった弟子たちのことを思うと、私がこの世を去ったあとのことが、ほんとうに気にかかる。弟子たちよ、よくおぼえておくがよい。私の生命は、まもなく地上を去るが、私の遺した教えは、何千年もののちに伝えられて、世の人々の心の糧となってゆくであろう。」

 3. 永遠の輝き:釈迦の哲学
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 釈尊は、生命とは永遠に輝いているものであり、その輝きは決して消えることはないと語っています。

 「縁生の弟子たちよ、私の最後の言葉をよくおぼえておくがよい。私の生命は、あの満月のようなものだ。月に雲がかかって見えなくなったように思えても、その実、月はやはり、雲の向こうで煌々と輝いているのだ。そのように、生命というものは、永遠に輝いているのだ。永遠におわるときがないのだ。」

 4. 自灯明:自分自身の心に灯をともす
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 最後に、釈迦は弟子たちに対して「自灯明」という言葉を残しています。

 「私が死んだあとも、自灯明という言葉を忘れず、法を頼りとして生きてゆけ。弟子たちよ、これが私の最後の言葉である。『もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成させよ。』」

 私たちも、この釈尊の教えを心に留め、自分自身の心に灯をともして、しっかりと生きていきたいですね。

 今回は大川隆法著『太陽の法』第4章8節より、釈尊(釈迦の尊称)が得た「大悟」について学んでいきたいと思います。釈尊はなぜ出家されたのか、釈尊はどのような悟りを開かれたのか、同書から学び、その要約を中心にお伝えします。私たちが、この悟りを現代の生活にどう適用できるのか、一緒に考えていきましょう。(太字は『太陽の法』からの抜粋箇所です。)

 1. 釈迦の出家
 釈尊は29歳で出家し、6年間の厳しい修行を経て、35歳で大悟を開いたのです。この大悟は、長い禅定の後に得られました。彼は、肉体を極限まで苦しめた結果、真の悟りはそこにはないと気づいたのです。
仏教聖画 | 公益財団法人仏教伝道協会 Society for the Promotion of Buddhism
 「私は、長年にわたって、食べるものをろくに食べず、飲むものもろくに飲まず、肉体を極限まで苦しめ抜いたときに、精神的な飛躍が得られる――悟れる、と思って苦行をやってきた。」

2. 肉体の苦行は真の答えではない
 釈尊は、肉体を極限まで苦しめる修行が、実は「緩慢なる自殺行為」であると気づきました。自殺によっても、真の幸福や悟りは得られないということです。
釈尊の生涯(1)
 「もし本仏が私たちの肉体を否定することを願っているならば、自殺者こそ、最高の覚者といえるだろう。
 しかし、自殺によって得られる結果はなんだろうか。大宇宙の法則は、原因――結果の連鎖のなかにあり、悪しき種をまけば、悪しき実を刈り取らなければならないことは確実である。自殺によって、苦しみという新たな原因をつくれば、あの世の地獄界でも、のたうちまわるような苦しみが待っているにちがいない。自分自身の肉体を苦しめる難行苦行は、緩慢なる自殺行為そのものではないか。」


3. 真の幸福とは何か
 釈尊は、極端な生活、肉体を楽しむ生活も、肉体を苦しめる生活も、真の悟りや幸福には繋がらないと気づきました。
仏教誕生の核心、縁起と十二因縁を知る降魔成道 | Japanese Art and Life|清明なる倭の虚構
 「真の人間の生き方は、左右の両極端をすて、中道のなかに真理を発見してゆく生き方である。人間として均整のとれた生き方のなかにこそ、中道があり、そこにこそ、苦楽を去った大調和の世界が現出するのである。。」

4. 八正道と真の幸福
 最後に、釈尊は「八正道」を実践することこそが、「真の幸福と悟り」に繋がると説きました。
真説・八正道 / 幸福の科学出版公式サイト

 


 「人間がほんとうにめざしている生活は、大調和の世界であり、すべての人が苦楽の両極端をすてて中道に入り、正しく見、正しく思い、正しく語り、正しく行為をなし、正しく生活をし、正しく精進し、正しく念じ、正しく定に入るという八正道を実践してこそ、ほんとうの心の王国ができ、ほんものの仏国土ができるのである」

 釈尊の出家と大悟への道は、私たちに多くの教訓を与えてくださいます。極端な生活は避け、中道を求めること。そして、日々の精神的成長が真の幸福に繋がるのです。大川隆法総裁先生も教えてくださるように、真の幸福とは内面の成長にあります。私たちも、この智慧を学んで、真の幸福と悟りを目指してまいりましょう!

 今回は人類にとっての究極の悟りである「太陽界の悟り」とは何かについて考えます。『太陽の法』第4章7節を元に、その要約と考察を織り交ぜながらお話ししようと思います。

 1. 「如来界の悟り」とは?

 

 八次元如来界の悟りは、人間の感覚を超越した高度な認識であり、霊は仏のエネルギー体で、形や姿がない知性とされています。この悟りに到達することは非常に困難で、地球霊団の霊界人口が数百億人いる一方で、如来界人はわずか五百名程度とされています。如来の悟りに達するには、単なる人生修行では不足で、宇宙の法則や「善悪二元を超えた」認識が必要とされています。日本においてこの高い境地に達したとされる人物としては、聖徳太子、僧侶の空海、哲学者の西田幾多郎などが挙げられています。


 2. 「太陽界」とは?
アートの主題を「太陽」から「雲」に変えた“あるもの”とは? | 13歳からのアート思考 | ダイヤモンド・オンライン
 八次元如来界には約五百名の如来がいて、四段階に分けられます。最下段は梵天界で約40名、次は亜神霊界で約120名、さらに上は光神霊界で約280名、最上段は狭義の太陽界で約20名の大如来がいます。この太陽界には、日本神道、キリスト教、道教、古代ギリシャ哲学、仏教などからの代表的な神や人物が存在するとされています。この太陽界にいる大如来は、キリスト教系では、アウグスチヌスやトマス・アキナス、道教の老子、荘子、墨教の墨子、古代ギリシャ神話のアポロン、ギリシャ哲学のソクラテス、プラトン、仏教系では、阿しゅく如来、薬師如来などです。イスラム教のムハンマドは、太陽界のひとつ下の光神霊界にいるようです。


 3. 「太陽界の悟り」とは?

 「太陽界の悟り」は人間としての悟りを超えたもので、個人の努力で達成できるレベルではなく、神格が与えられているとされています。この段階では、人間的修行で悟るレベルを超え、大霊の仲間入りをしています。この種の悟りを持つ存在は、ほとんどの宗教において根本神になりうるとされています。彼らは地球人類の進化計画に直接関与しており、文明の開花や宗教の革新、新しい時代の波などを計画、立案、遂行していると言われています。
 「太陽界の悟り」は、私たちが普段考える悟りとは桁違いの規模と深みを持っています。それはもはや人間の範疇を超え、宇宙そのものと連動しています。この概念を知ることで、私たち自身の人生や精神の成長にどう影響を与えるか、一緒に考えてみるのも面白いかもしれませんね。