Wrestling Drop -5ページ目

Wrestling Drop

日々の生活のなかで考えたこと・感じたことを書く日記です。中心的なトピックは、通訳・翻訳や英語教育や英米詩や音楽や時事についてです。

 毎日の生活の中には確かにストレスの原因になるような嫌なこともあるかもしれないが、実際のところ、よく注意してみれば幸せと言えるようないいことも見つかる。


 この間、『ハンサムスーツ』という映画をテレビで見た。その中で「幸せ探しゲーム」をするシーンがある。周囲を見て、どんな小さなことでも良いから幸せと言えることを見つけてそれを携帯のカメラに撮ることができたら、前に進めるというゲームだ。おいしそうにタイ焼きを食べる少年、契約がとれてうれしそうな会社員などどんな場面でも良いとのことだ。そのシーンをみて、私自身、とても和やかな気持ちになり、よく周囲を見てみたら、結構幸せな場面を見つけられるし、そうしたら自分も幸せになれるなんていいな、と思った。


 昨日、ストレスを受けると脳は委縮することについて書いた。人に愚痴ることなくどうすればストレスは発散できるのか。スポーツなど何かに熱中することもその一つだろうが、もっと手軽な方法が、この幸せ探しなのではないかと思う。ちょっと今日、私の周囲で感じた幸せを思い出してみたいと思う。


 ①朝の通訳の勉強で、自分が意外と落ち着いて訳出できるようになっていることに気がついた。


 ②母の作ってくれた味噌汁が野菜たっぷりで味噌の加減もよく、美味しかった。


 ③昨日は雨が降っていたのに、今日は晴れていい天気になった。気持ち良かった。

 

 ④かわいい木製のお雛様を見つけた。


 ⑤訪問先のお宅で美味しいコーヒーとお菓子を出していただき、疲れた頭に効いて美味しかった。


 などなど・・・。


なんだか食べ物のことばかりになってしまいました。(*^.^*)それに自分のこと中心ですよね。明日からは、周囲の人たちの幸せそうなシーンもしっかりと見つけてみたいと思います。

 昨夜、なんとなくテレビをつけると、脳についての番組をしていました。番組名とか放送局は覚えていないのですが、とても気になる内容だったので、はまり込むように見ていました。


 ストレスが脳を委縮させる、ということでした。それは私自身、本当に痛感していることです。仕事の人間関係のストレスから毎日、なにか心ないことを言われたらその言葉をうのみにし、言い返すことも十分にできず、家族に愚痴のように話すことはあるけれど、基本的にはずっといろいろな否定的な言葉を貯めこむという日々がここ数年続いていて、うまく頭が回らず、言葉が口からうまく出てこなかったり、勉強に集中できなかったり、頭の切れが非常に悪かったりして停滞状態になっていることが慢性的に続いています。せめて家族に話すということにより、ストレスを発散し、自分自身を楽にするのに役立っていると思い込んでいました。


 しかし、私の見た番組に出られていた先生(『脳に悪い習慣』と言う本を書かれておられる先生らしい)によると、愚痴や否定語を言うことにより、脳が疲れるだけではなく、同期発火といって周囲の人にもストレスが伝わってしまうそうです。また、脳は好きなことに取り組んでいるときには活性化し、嫌いなことに取り組んでいるときには働きにくいので趣味を持つことが大切であることや、脳は終わりが見えると安心してしまうので、ゴールの先を見る習慣をつけることが大切であると言われていました。


 それでは、嫌なことはどうやって切り抜けていけばよいのでしょうか。様々な人から言われる暴言、悪口などどうやって発散し、忘れるようにしたらよいのでしょうか。おそらくそれは①深刻に受け止めないようにし、考えないようにする、②考えるべき重要なことに集中する、③それ以上の良いことや楽しみを見つけるといった方法で克服できるのかもしれません。ということで、やはり好きなことを見つけて、それに思いっきり熱中する時間を作ったり、仕事の中でもやりがいといえる部分をしっかりとつかむことが大切なのでしょう。しかし、これも否定語だけど、難しいなあ~、と思います。しかし、嫌なことはすっきりと忘れることが脳のためなのなら、嫌なことをいかに速やかに忘れるかということに熱中してみてもよいかもしれません。

 オリンピック、盛り上がっていますね。日本人選手は日頃の練習の成果を存分に発揮して、本当に良い戦い方をされていると感じ、同じ日本人であることを誇りに思います。


 浅田真央さんは金メダルを目指していたのに銀メダルになって、悔し涙を流しました。それでも、血のにじむような努力をしてきて、スランプを乗り越え、あれだけの素晴らしい演技をして獲得した銀メダルの価値は計り知れないことは事実です。しかし、「今までの努力は金メダル級だ」という言葉で妥協してしまうのはどうかとも思います。確かに、その人の努力は本当に何物にも代えがたい貴重な宝物です。しかし、金メダルと言うのはまたアスリートにとって全く別の意味や価値を持つのではないかと、フィギュアスケートなどの競技を見て思いました。


 私はなにもスポーツをしていませんし、競技に勝ち残っていく体験もなく、スポーツのルールもチームのこともなにもよく知りません。ですから、未熟な考えなのかもしれませんが、金メダルというのはなにか一つの<揺るぎないもの>であると言えると思うのです。競技のその瞬間、世界最高のレベルのものを打ち出すのですから、平素の練習はもちろん、練習の仕方、さまざまな環境の条件、個人の状態、自身の力の引き出し方などあらゆる要因が合致して、表明されてそれが世界最高レベルであることが金メダルだと思うのです。ですから、個人の身の処し方や、意思の力、家族、学校・会社、友人、ファン、国などの支援の在り方すべての結果の表明ともいえる面もあると思います。


 浅田選手の流した悔し涙は、私の目には、銀メダルを喜ぶ嬉し涙よりも真実の感情が込められているように思われます。どうかこれまでの自分の努力、今回学んだこと、そして悔しさをばねにして、ソチ五輪では金メダルを取ってもらいたいと願っています。頑張れ!