今日は日曜日で、仕事が休みということもあり、昨夜から不規則な生活を送りました。いつもはあまりそんなことはないのですが。昨夜は夜に疲れてしまい、就寝準備もしないで11時ごろにベッドに横になったきり、1時半ごろまで寝てしまい、起きてから入浴してパジャマを着たものの目が冴えていたので、そのまま朝方5時ごろまで翻訳の勉強やインターネット検索をしていました。そうするとさすがに疲れて、朝の8時半ごろまでようやく就寝準備をして寝ました。
このような寝方をすると、たいてい次の日はうたたねでつぶれてしまいます。今日は、それほどではありませんでしたが、行動がややゆっくりしていました。朝ご飯を食べてから、しばらくはテレビを見て、ようやく机についたのが10時ごろ。それから通訳学校の授業の復習を少ししてからまた昼食を食べ、その後はさすがに机にふせって寝てしまいました。目が覚めると3時半ごろで、それから公募に投稿したい翻訳の課題の読解と下書きをいくつか済ませました。昼寝のあとは頭がさすがにすっきりして仕事もはかどったと思います。そして夕食前に、少し明日の仕事の準備に着手したところで、その続きをこれからするつもりです。
それにしても少しだらだらとしているかもしれません。とても忙しい時にはそうもいっていられませんが、実はこのゆっくりだらだらした過ごし方と集中して仕事や勉強に取り組む緊迫した過ごし方の両方が必要なのかもしれないと最近思っています。私の希望としては、時間の1時間1分を無駄にしないようにしっかり計画をたてて、それに従って無駄なく動き、絶えず集中して物事に取り組みたいのです。短時間のうちにいかに意味あることが数多くこなせるかと、大学生の頃は本気でそう考え、そう努めていました。全く寝食を惜しんで、というよりは寝食を軽んじていました。それで身体を壊し、精神に幾分、ゆがみがでてきたのです。でも最近は、疲れてきたのか、少しながらもいろいろと体験してきたからか、やはりバランスが必要だと思っています。
よく私は人から時間なんてすぐに経つのだから、意義深い使い方をしなさいと言われる方だと思います。仕事の時間はもちろんすべきことに集中して、時間をささげますが、それ以外の時間は、自分で本を読んだり、宿題をしたり、自習をしたり、たまには人に手紙を書いたり、部屋を掃除したり、料理をして気分転換したり、犬と遊んでやったり、こうやってこのサイトに来て、自分の感じていることを文章に書いてみたりして自分自身と向き合いつつバランスをとり、そして能力を高めようと地道に努力していると思います。それを足りないと思われるかどうかは全く人の自由であり、少しずつでも私自身が前に進むこと、想像力をもって周囲の人たちや世界で起こっていることを理解しようとすることが今の私には大切だと考えています。長い目で見てはいますが、できるだけ近い将来は本当に自分が生きがい・やりがいを持ってできる仕事に就きたいと考えていて、通訳・翻訳を有力候補として視野に入れています。
通訳学校では本当に読書やテレビを楽しむ間も惜しんで、おそらく家事もそこそこにされて日夜勉強に励まれている方が大半です。話されていることなど外から推測するのに、夏と言えば花火を見ようとか、おそらく24時間テレビがあるから見ようとか、音楽を聞こうとかそういう考えはあまり持たれず、時間があれば音読練習しようとか、記事を読もうとか、英語ニュースを聞こうとかそう考えられておられると思います。とにかく一生懸命なのです。得難い貴重な時間とお金を割いて授業をいただきつつ勉強できているのですから、当然のことですし、そうしないといつまでも向上しません。しかし、テレビを見たり、好きな本を読んだり、英語スピーチの代わりに音楽を聞いたりすることに対して、罪悪感を持ち、すべきことばかりに取り組んでいるのではやはりバランスが悪いのではないかと思います。そう考えると、24時間をどう<使う>かと考えるより、どう<味わう>かの方がなんだか大切なような気がします。緊張感をもって集中的に勉強・仕事に取り組むのも一つの味わい方であり、たまには犬でも連れて、ゆっくりとあまり行かないような小道をゆっくりと探索するというのもまた別の味わい方なのだと思います。そのような緩急といいますか、物事の移り変わりの妙を感じ入り、その中を生きていくことが大切なのではないかと思うのです。