今月半ばより、通訳学校が夏季休業中であるのを機に、翻訳の勉強を始めている。
大学院の文学研究科でなにかと英日の訳出をすることがあり、その度に「翻訳をするように」と言われていて、そのように意識していたこともあり、とっつきやすいのではないかと思っていた。またアルバイトで一枚だけ死亡報告書かなにかの文書を翻訳させてもらったことがあり、よく文章を考えて、用語を調べればできるだろうという考えでいた。実際に、翻訳の教材や本を読んでみると、学部生・院生時代に学んだことがたくさんでてきて、修辞法などいろいろなことを思い出すことができた。
しかし、実際に翻訳をしてみるとなるとそうはいかない!原文にある英語を自然な日本語で書きかえること、それにあたっては原文の持つ雰囲気や筆者の意図、もくろむ効果を崩さないように表現することがなんと難しいことか!私の訳ではまだまだ英語の構造やら自身の不自然な日本語表現に引きずられていて、筆者の意図とか効果が表現できていないのだと思う。それに絶対的な読書量が足らず、こなれた日本語の表現というものを知らないのだと思う。また、院生時代に先生の言われていたことがようやく理解できたということもでてきた。自身では勉強ばっかりしてきたような気になっていたが、本当には勉強がきちんとできていなかったし、読書も足らなかったなあと痛感している。
翻訳の勉強を始めてみると、通訳での問題点の原因も少し分かってくる。私は英日通訳をするとき、英語が理解できてもメモがうまくいかなかったり、リテンションが悪かったり、日本語がでてこなかったりしてうまく出せないことが多い。(もちろん、英語が正確に聞きとれていないこともよくある。)うまく訳出ができない原因は、背景知識不足だと考えていた。日本語も英語もこれまで結構、文章として書いていたし、表現自体はそう問題があるとは思っていなかった。まったく裸の王様の気分だ。実際には、通訳をするときでも、日本語を使うことに慣れていなかったために、伝わる表現が使えていなかったし、ある言い回しについて日本語でいうところのどの表現にあたるのかということに見当がつかなかったのだと思う。
私の文章は、書き出しが結構唐突なことがあり、誤解されるような表現が多いのだ。たとえば、主人公が一瞬、胸がきゅんとして足がすくんでしまう場面について書くとき、「鼓動が<一時停止>してしまい、私の足も<停止>を余儀なくされた」と訳したのだが、自動車の運転のような表現を使っている。確かにこれでは文章として通じないかもしれない。
しばらくは通訳の勉強も少しずつ続けつつ、翻訳の勉強を集中的にしていき、本を多読するつもりだ。