震災以降、気持ちが滅入っています。
パソコンを開くのも3日ぶりです。
今、大阪にいる私がすぐにできることは募金しかないので、募金をしたけれど、
自分がひねり出せる最大の募金をしたところで、お金が被災者の必要としている物に
変わるまでのタイムラグを思うと、もどかしくて仕方なくなる。
いまテレビの向こうにいる人たちが感じている寒さを何とかしたい。空腹を何とかしたい。
家の中に水も食料もミルクもオムツも乾電池も何でもあるのに、
なぜ今すぐに届けてあげられないのだろうとやりきれない気持ちになる。
毎朝、新聞を読んでは悔しくて泣けてくる。
特に死亡欄に0歳児が入っているのを目にすると、胸がしめるつけられる。
ここまで長生きしてきたおじいちゃんおばあちゃんが、なんでこんな亡くなり方しなくちゃいけないのか。
まだこれからのこんな若い人がなぜ亡くならなくちゃいけないのか。
悔しくて張り裂けそうな気持ちになる。
でも、滅入ってる場合じゃない。
おはるさんは生きてるんだから。私も生かされているんだから。
育つことも、育てることもできるのだから。
心を共にするのは、滅入るためにすることじゃない。
弱っている人がいるなら、その人たちを力づけ、支えるためにすることだ。
何も奪われていない私が気落ちするなんて、あまりにも生産性がなさすぎる。
日本人の精神性を賞賛し、助けの手をさしのべてくれる外国人もたくさんいる一方で、
日本の国力が低下したと判断する海外の動きもある。
ならば、働ける私たちが働いて、日本を元気にするしかないじゃないか!
ひとりの力は小さい。
でもそんなのいいわけだ。ゼロではないんだから。
しっかり稼いで、そのうちの数パーセントでも寄付し続ける。
子供たちを健やかでたくましい人間に育てる。
もちろん最も身近にいるおはるさんを世界に誇れる日本人のひとりとして育てる。
そして私は大学職員なんだから、多くの学生をそういう人間に育てる土台を作れるはずだ。
わたしひとりでもこれだけはできる!やらなきゃいけない。
それぞれの人が、それぞれの立場でできることをやっていけば、
たとえそれが1ずつであっても、100人集まれば100の力になる。
“日本人は冷静で思いやりがある”
今回の震災で、外国人は日本人に対してそういう印象をもったらしい。
冷静でいることも、誰かを思いやることも、怖い顔してすることではないよね。
何の被害も受けてない私たちまで怖い顔や疲れた顔をしていたら、いま日本人はみんな笑顔じゃないことになる。
日本人は冷静で思いやりがあって、そしてたくましい!
そうでありたいから、私は今日から笑って育てて、来月からも元気に働きます。
そして、ほんの些細な小さな小さな日常の喜びを大切にします。
今日、おはるさんがストローを使うことを覚えました。
最初はストローが引きちぎれるんじゃないかってくらい噛んでいるだけだったけど、
「上手だね!」「おいしいね!」って声をかけながら、飲み方をゆっくりゆっくり教えていたら、
自分で飲めるようになりました。
水が口の中に入ってくることがおもしろいのか、自分で飲めるようになったことがうれしいのか、
ずっと飲みたがりました。
人は成長します。ゆっくりゆっくりだけど。
その成長はささやかで、だから何なんだって程度のものかもしれないけれど。
でも、いまストローで水が飲めるようになった子が、歩けるようになった子が、
自分でボタンをとめられるようになった子が、いつか日本を支える人になります。
そういう人をつくるささやかな日常。
大事に大事に、しっかりと生きていきたいと思います。
これからは、いつもの日常ブログを書いていこうと思います。
いまこのときにあって、のん気な内容は不謹慎かもしれないけれど、
そういう日常が大きなものにつながるのだと信じて。