娘が小学校に上がったとき、近所のコミュニティセンターでRaise your child with confidence (自信のある子どもを育てる)という講習に参加した。
そのとき、講師の一人が、思い込みで「自分には無理」と思って避けていたり、あきらめたこともたくさんあるけど、勇気を出して取り組んだら実現したという話をした…はず。もうずいぶん前の話なので、記憶が怪しい。
ところが「数学は相変わらず恐怖症はあるけど、数学できなくても生きていけるし」と言ったとき、「うーん、このマインドセット、娘には受け継いで欲しくない」と思い、長年、苦手意識を持ち続けた数学と仲直りしようと思い立った。
どこから手をつけていいやら迷ったが、ネットで拾った数学のクイズを見つけ、取り組んだ。この時の経験は今にして思えば本当に貴重だったと思う。公式や数学の知識はそれほど要らないけど、ちょっと複雑で頭を捻って考えるタイプの問題で、まず最初に問題を読み始めたときに、「無理!」と思考停止しそうになった。
心臓がバクバクするし、手に汗はかくし、数学に対して、色んなネガティブな感情が絡み合っていることに驚いた。「私、頭悪いし」「数学の知識ないし」「どっから手をつけていいか分からない」
最初の3分ぐらいで、ギブアップしそうになったが、複雑に絡み合った毛糸玉を少しずつ、ほどくように、とにかく手掛かりはないか、自分が持っている道具(数学の知識)を使って、片っ端から試してみた。
取り組んでいる間、それまで眠っていた頭のどこかの部分が、急に起こされて困惑しているのを感じた。数学者のユージニア・チェンは数学に取り組んでいるときの自分の頭の状態を「脳が頭蓋骨骨からはみ出て、ぐーっと伸びていく感じ」と言っていたが、あー、分かる、分かると思った。脳に何かが起きているのを確かに感じる。
一回でできなくても、次の日にまた取り組んだりして、一週間考え続けた。結局、答えは間違っていたけど、それはどうでもよくて、数学への恐怖心がだいぶ小さくなったのを感じた。
その後、ガーディアン紙に掲載されていたシンガポールの10歳の子が解いているという問題を偶然,見かけて、10歳の子にライバル心を刺激されて取り組んでみた。
問題を読んでみてほしいのだが、この手の問題に馴染みがないと「はぁああ?!」というリアクションが出ると思う。以前の私だったら、さっさとあきらめていたが、このときの私は、パニクってヤケを起こしかけている脳をなだめ、手掛かりを見つけて解き始めた。
多分、1時間半ぐらいかかっただろうか、藪の中を手探りで歩いているような感じだったのに、答えの道筋が見えた時の感動と言ったら。思わずガッツポーズした。
娘が小学校にあがったときに、年齢に応じた少し複雑な文章問題集を手に入れて、一週間に一問、じっくりと取り組む時間を作った。娘が自分の問題を解いているときは、私も自分のレベルに応じた問題を解いた。
例えば、スコットランドではScottish Mathematical Council が主催する小学生高学年からセカンダリーの生徒を対象に、Mathematical Challenge というプログラムがあって、
ここに掲載されている問題を一緒に解いたり、上記のガーディアン紙に掲載されている問題を解いたりした。解けるものもあれば、全くお手上げのときもある。でも、解けるかどうかはそんなに重要でなくて、考えている時間を楽しめるようになった。あっさり解けてしまうと、物足りなく思う。
ということで、娘の小学校入学を機に、私の脳では革命が起きた訳だが、数学だけでなく、他の面でも変化を感じた。
例えば、書類を何枚も読まなければいけない手続き(数年前のイギリスでのビザ更新)、何かが故障したときに、マニュアルを読まなければいけなかったり、などという状況で、以前なら途方に暮れることが多かったが、数学と仲直りしてからはチャレンジ精神と忍耐力がついた。
最近、ある団体の役員をすることになり、この夏はその仕事をする時間が多かったが、気がついたのが、私はProblem solving が好きなのかもしれないということ。何か問題があったら、「どうしたら…?」と考えていることが多かったし、実際に問題が解決すると、充実感を感じた。
この気づきはかなり大きなインパクトがあった。何か心を悩ますことがあっても、I'm a problem solverと唱えることで、自分を信じることが出来るような気がする。
娘がセカンダリーに行ってからは、一緒に数学の問題に取り組む時間もほとんどなくなり、私も、ここ一年は気になりながらも,数学とはご無沙汰になっていた。細切れの時間ではなく、少し余裕のある時間に、中断されずに取り組める時間を作るのが難しかった。
でも、問題に集中する時間が持てると、とても充実した気分になる。問題に集中しているときは、他のことを考える隙がないので、一種の瞑想のような境地になる。クヨクヨと悩んでいたことが、どうでも良くなるし、自分に自信が持てないときに、数学の問題を解いていると、自分が何が好きで、何をしているときが楽しいのか,自分はどんな人間なのかという原点に戻れるような気がする。
この9月から、人と接することがグンと増えて、色んなタイプの人に出会うだろう。自信をなくすこともあるだろうし、自分に忠実であることが難しく感じられるときもあると思うが、自分の原点に戻れる手段を持っているのは、大切だと思う。

