読み歩き、食べ歩き、一人歩き(988) アイヌ状況とアイヌ思想 | DrOgriのブログ

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おやじが暇にまかせて勝手なことを書くブログです。日々の雑記や感想にすぎません。ちらっとでものぞいてくだされば幸せです。

昨日に引き続いて神保町へ。
単なる偶然ですが。
今日は古書店「水平書館」の3階でマーク・ウィンチェスター先生の講演を聴きました。
 
 

 
今回のテーマは「アイヌ政治の現在」
コンテンツは以下の通り。
①自己紹介・入門編
②戦後アイヌ政策の二つのサイクルⅠ(-1970/1984-1997年)
③戦後アイヌ政策の二つのサイクルⅡ(2007-2020年)
(副テーマ:遺骨返還訴訟)
④アイヌ新法(アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律)とその付帯決議
⑤バックラッシュー~歴史修正主義とアイヌに対するヘイトスピーチの現状

自己紹介とご自身のアイヌ研究の来歴からお話が始まりました。佐々木昌雄というアイヌ民族の「詩人」の発見が大きな契機だということがわかりました。先生の博士論文は、佐々木昌雄をめぐるものです。
先生は、イギリス(イングランド南部)の出身。日本の高等学校に留学したあと、シェフィールド大学に入学。そこで日本研究者で英語圏初のアイヌ研究書を公刊したリチャード・シドル氏に出会いました。その後 、一橋大学大学院に進みます。一橋大学に博士論文を提出しました。
 
お話はかなり流暢な日本語で、時折ユーモアを交えながら楽しく語ってくださいました。
始めの来歴のお話が長くなってしまいましたが、先生の知的な方向性が伺われてたいへん参考になりました。アイヌ政策の歴史的変遷の部分は、これだけでも(Ⅰだけでも、Ⅱだけでも)数十分の講演になるだろう内容でした。しかも、私が途中で「旧アイヌ新法案」(アイヌ文化振興法以前のウタリ協会案)について意見を言ったり、なんやかやかで時間を取ってしまいました。反省しきりです。
 
やはり今回のお話でオーディエンスが一番聴きたかったのは、「(今回の)アイヌ新法案」についてと、ヘイトスピーチについてでしょう。そして、両方の論点に共通するのは、やはり「アイヌ差別」の解消です。
 
先日衆議院を通過した「新法案」ですが、「序」「第一条」に「アイヌの人々の尊厳」が、そして「第四条」に「アイヌ差別」の解消が述べられています。ウィンチェスター先生は(また先生を含むCRAC-Northの人々は)、衆議院の国交委員会に参加する各党議員に繰り返し要請をしてきました。それは、「アイヌ差別」解消のために具体的な措置を明文化してほしいということ、そして「先住民のための国際連合宣言」(2007)の内容を踏まえてほしいということでした。「差別」解消については、例によって「教育」をしっかりやるという答弁が繰り返されたのですが、ようやく「人権啓発」マターという言質をとることができたようです。「国連宣言」について「付帯決議」に入ったようですね。
ヘイトスピーチに関連しては、主催者(水平書館)の李さんがウィンチェスター先生らの『アイヌ民族否定論に抗する』を採りあげ、会場に著者のほとんどが来ていることから、これを素材に意見や質問を募るよう提案がありました。私は、小林よしのり氏の論理(例えば「血の一滴」論)について質問しました。
 
ウィンチェスター先生の回答は、「定義」のはらむ問題をめぐるものでした。ポイントは、民族または先住民族の「定義」には注意が必要だということです。「国連宣言」には、先住民族の「定義」は存在しません。先生によれば、「あえて」それをしなかったのだろうとのことです。自然現象ならざる「民族」と言う存在は、そうした抽象的で超歴史的な「定義」はそぐわないものだからです。「国連宣言」では、当該先住民族のコミュニティーの所属について先住民族自身によるアイデンティティ決定権を認めています。アイヌ協会の所属と民族の「定義」とは問題が違います。アイヌ協会の方向には同意しない、また協会にあえて属さないアイヌの人々も昔からいます。
 
遺骨返還問題については時間の関係で詳しくは述べられませんでした。ただ、個人主義社会が「自己選択」と「自己責任」を(ネオリベのように)混同する方向を生み出すという論点は興味深いものでした。遺骨の地域返還という方向ができたことは評価しているように感じました。
 
ウィンチェスター先生のお話以上に興味深いのは、実は先生たちの「行動」です。上にも書きましたが、今回の「アイヌ新法」の審議に関連して、議員たちに働きかけています。そのことを自ら紹介するなかで、いわゆる「オールド左翼」「オールドリベラル」の状況にたいへん批判的です。「法律家も含めて、どうしてスルーしてるんですかね?」
 
これは講演後の懇親会で聞いたお話ですが、左翼・リベラルの人々は「勉強会」だの「決議」だのに時間をかけ過ぎだとのことです。もちろん、会合それ自体、知的で民主的な意図があるのでしょうが、「行動」は3人でも今すぐにでもできるのです。なぜそれを、数十人が数か月もかけて「話し合って」「文書を採択して」いるのでしょうか。それで、有名な著述家などはリベラルなオーディエンスの高評価を得るのでしょうが、政治的には無意味です。採決されてしまうだろう「アイヌ新法」ですが、それを少しでもマシなものにするよう、将来に可能性を残せるよう行動すべきだとのことでした。
 
この意見には全面的に賛成です。日本会議の例を出すまでもなく、右や保守の人たちは行動しています。しかも、地道で果敢です。抗議や署名、デモ、陳情などのロビーイング・・・。私は、日本国民としても、人間としても、今回の「アイヌ新法」にもっと関心が払われるべきだと思い至りました。
 
アイヌをめぐる状況は刻刻変化しています。ウィンチェスター先生のご専門がアイヌ思想です。「アイヌ思想」とは何か? この点について、もう少しお話を伺いたかった。私の専門が地域社会のアイヌの人々の生活意識ですし、和人の側との関係も重要だと思います。
 
参議院の審議入りはたぶん、明日?
ウィンチェスター先生たちの行動に注目しています。