カズオ・イシグロさんの物語世界にはまっています。
『忘れられた巨人』は、抜群に面白かったです。
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忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)
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読み始めたときは、「普通のファンタジー冒険譚かな・・」。
しかし、読み進むうちに、「ん? これは、深みにはまるかも・・・」
鬼や妖精や龍が出てきます。
先住のブリトン人とサクソン人の争いが背景にあります。
ブリトン人の村に住む老夫婦・・・アクセル(Axl)とベアトリス(Beatrice)。
村は(たぶん国中が)不思議な健忘症に覆われています。
皆がみんな、つい最近のことまで忘れてしまうのです。
それは、雌龍クェリグ(Querig)の吐く霧のせいという噂があります。
夫婦には息子がいたはずです。
近くの村に住んでいる、はず・・・
いや、隣国だったか・・・
どうしてここにいないのか・・・
どんな顔だったか・・・
村では蝋燭すら使わせてもらえないような不遇をかこつ夫婦。
夫婦は息子の住む村まで旅をしようと決めます。
ほんの短い旅のはずでした。
しかし・・・
途中で立ち寄った村が鬼の襲撃を受け、旅の戦士の活躍で事なきを得たものの、助け出された少年エドウィン(Edwin)をめぐってトラブルが・・・。
長老に頼まれてサクソン人の戦士ウィンストン(Winston)とともにエドウィンの逃亡を助けるはめになった老夫婦は、とんでもない冒険旅をすることに。
4人づれになってしまった一行は、記憶喪失の霧を吐く龍を退治する使命を帯びると称する老騎士ガウェイン(Gawain)に出会います。彼は、ブリトン人伝説の王アーサーの甥にあたる誇り高く礼儀正しい勇士。しかし、戦士ウィンストンもまた、龍退治の使命を負っていました。なにやら2人の勇士の間に微妙な空気が・・・。
ベアトリスの体調を診断してもらうために寄った修道院で命からがらの目に合う老夫婦。
アクセルたちだけでなく戦士も騎士もあわやという目にあいます。
少年エドウィンは、あの龍と不思議で特別な「感応」があります。
騎士ガウェインとの出会いで次第に記憶を取り戻すアクセル。
彼は、かつて戦士でした。
それも重要な地位にあり、苦悩に満ちた経験をしていました。
ブリトン人とサクソン人の凄惨な争い。
そして、あの雌龍をめぐる秘密。
愛と、正義と、復讐と・・・
いや、何よりも重要な深層のテーマは、「記憶」。
雌龍の吐く霧は人々の記憶を薄めることでむしろ平和をもたらしてきたのではないか?
記憶を取り戻すことは、はたして幸福につながるのだろうか?
ブリトン人とサクソン人の間にある凄惨な記憶は?
戦闘シーンの表現は見事です。
そして、何よりよかったのは夫婦愛。
アクセルは妻を常に「お姫様(princess)」と呼びます。
どんなときも、ひと時も離れようとしません。
「そこにいる? アクセル」(Are you still there?)
「いるよ、お姫様」(Still here, princess.)
微笑ましいですね。
でも、老夫婦の間にも忘れられていた辛い秘密が・・・
ガーディアン紙の評にも、"A deeply affecting portrait of marital love." (Gardian)とあります。
イギリスのEU離脱(いわゆるブレグジット)が決まった時期に出版されました。
西ヨーロッパに難民問題が巻き起こった時期でもあります。
『忘れられた巨人』は、民族同士の暗い記憶が背景にある物語でもあります。
雌龍をめぐる、つまり「記憶」をめぐる「政治的」な思惑もラスト近くで現れます。
舞台は中世初期のイングランドですが、それは今日の世界に、そして日本を含む東アジアにもどこか投影せざるをえない色濃い影を感じる物語でした。
例によって、イシグロさんの描くシーンの一つひとつが、読み終わった後でも「ああ、あれは、こういうことだったのか・・・」としみじみと思い出されてしまいます。
全編を翻訳で読んだのですが、後で少し英語の原典ものぞいてみました。
他の作品もそうですが、平易な英語です。
私にもう少し語学力があれば、味わいが違ったかもしれません。
でも、彼の乾いた繊細さは翻訳からも十分に伝わってきました。
当分、このイシグロさんのテイストから逃れられそうもありません。



