今日の音楽感傷(215) ビブラート論争 | DrOgriのブログ

DrOgriのブログ

おやじが暇にまかせて勝手なことを書くブログです。日々の雑記や感想にすぎません。ちらっとでものぞいてくだされば幸せです。

ほぼ毎週日曜日、NHK教育放送でNHK交響楽団の演奏に接しています。
知り合いがCチクルスの会員だったとき、回してもらったチケットで何回かライブを聴いたことはあります。
しかし、会員になってまで聴きに行く余裕は今のことろありません。

今週と先週、ロジャー・ノリントンさんの指揮でベートーヴェンとシューベルトを聴きました。
ノリントンさんはイギリス王立音楽大学出身、80歳。
歌手、合唱指揮、歌劇場監督を経て、オーケストラの指揮者としてユニークな活動をしています。
彼の目指す音は「ピュア・トーン」。
ビブラートをかけない純粋で精妙な音です。

ノンビブラート奏法といえば、「ピリオド奏法」が有名です。
それは古楽復興という流れの中で見出されたものです。
歴史のある時点(その曲が作られた時点=period)を再現し、それを表現の「再創造」手段として展開することでもあります。譜面、楽器、奏法などを調査します。
ただ、復興と復刻は違います。
18世紀後半にモーツァルトが作曲した作品は、いかなる記譜法で、どんな楽器で(ピリオド楽器と呼ばれたりします)のどんな編成で、どのくらいのピッチとテンポで、そしてどんな演奏法で演奏されていたのか。これらについて研究が進んでいます。
しかし、演奏家の側では、これらを「完全に再現する」ということが目指されているわけではないようです。もちろん、学者の研究としてそうした活動は有意義です。しかし、演奏家はアーティストであってスカラーではありません。オリジナル(原形)のためのオリジナルではなく、未来の新たな可能性のためのオリジナル再現・・・。それは、やはり「創造」なのです。
たとえば、ノンビブラートもそうです。バロック時代のヴァイオリンに肩当はなく、顎当すらなかった・・・。いまでは大きなビブラートをかけるために左手の人差し指の根元を指板から離したりしますが、これが昔の楽器ではしにくい。したがって、もともとはビブラートはかけなかったのだろうという推測が成り立ちます。

しかし、ビブラートをかけるかかけないかは、曲次第、求める表現次第ということではないでしょうか。
カルミニョーラは、もはや「ピリオド奏者」ではないですし。

いわゆるバロックヴァイオリンや「ピリオド奏法」については、昔々記事にしたことがあります。

今日の音楽感傷(77) 古きよきヴァイオリン、新しい「古楽」


ノリントンさんの目指すものは、古楽復興でもなく、単なるピリオド奏法でもありません。
それは、彼独自の美学を実践しようとした結果なのです。
彼は、マーラーやエルガーの「威風堂々」までノンビブラートで演奏するのです。

それは、バロック時代に特化していた古楽研究が、さらに時代を下って古典派(18世紀)とロマン派初期(19世紀)にまで対象が広がってきたことに関係があります。当時の「演奏習慣」を発見するという研究の流れが存在します。


ノリントンさんは、かつて「ニューヨークタイムス」などに記事(『オーケストラから音の揺れを取り除く時だ』)を寄せ、ドイツやアメリカのオーケストラでは1930年代に入るまで弦楽器はビブラートをかけなかったと述べています。
「・・・ベルリオーズやシューマン、・・・中略・・・シェーンベルクやベルクが傑作を作った頃、ただ一つのオーケストラサウンドしかなかった。」それは、ノンビブラートのピュアトーンから成っていた。 ・・・
ノリントンさんは、現代のオーケストラサウンドを「グラマーな(glamorous)」音という言葉で表現します。おそらく、過剰に美化された「盛られた」音という意味なのでしょう。「盛られた」音に依存して、フレージングなどが貧しくなってしまうことを彼は懸念しています。

 こうしたノリントンさんの考えには反対する人も多いです。
事実として、本当に20世紀初頭までオーケストラの弦楽器はビブラートをかけなかったのかどうか。
この点は、動画や音源が乏しいので検証が難しいようです。
演奏そのものにも、賛否両論があります。
ブラームスやマーラーについてはかなりの酷評も聞かれます。

ロジャー・ノリントン指揮、シュットゥガルト放送交響楽団でマーラーの第5交響曲から「アダージェット」
↓ ノンビブラートでも十分に美しいです。(ごく一部にはかけてますが)



ノリントンさんによれば実はマーラー自身はビブラートに消極的でした。アダージェットではわざわざビブラート指定が楽譜に書かれているのですが、逆にいえば、そこ以外はノンビブラートで弾けということになります。
上の演奏は、ノリントンさん流の「真正で(authentic)」「忠実な」演奏ということになるのでしょう。


18世紀当時のカルテットはこんな感じだったのでしょうね。
↓ これもこれで美しいですね。


好対照なのが、ウィーンのシュランメルン・アンサンブル
↓ 私の趣味はこっちかな。


やはり、ビブラートをかけるかどうかは、曲次第、演奏家の感性次第ではないでしょうか。
クラシック音楽ではもちろん時代考証も必要なのですが、私のような一介のファンは「よい演奏」が聴きたいだけなのです。

ちなみに、ジャズヴァイオリンはビブラートをかけないのが主流になっています。


マーラー: 交響曲 第5番 嬰ハ短調 (Gustav Mahler : Symphony No.../サー・ロジャー・ノリントン
¥2,433
Amazon.co.jp