読み歩き、食べ歩き、一人歩き(281) 残暑の京都旅(3) | DrOgriのブログ

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おやじが暇にまかせて勝手なことを書くブログです。日々の雑記や感想にすぎません。ちらっとでものぞいてくだされば幸せです。

日本社会学理論学会の会長が交代し、前会長が「退任講演」をしました。
この会は、ほぼ前会長のカリスマによるところが大きかったようです。
グローバル時代にふさわしい社会学理論のあり方や、「アジア」を意識した学術交流、そして震災以後の学問のあり方など、ご自身の個人的な来歴を踏まえながら約50分ほどお話をいただきました。

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日本社会学理論学会は、韓国の社会学者たちと盛んに交流をしています。
私も、以前、韓国人の先生たちと(ハングルができないので)英語で話をしたことがあります。
2014年に横浜で行われる「国際社会学会議」についても、案内がありました。
これに参加することが、近いところでは私にとってひとつの目標になりますね。

2日目の午前中は、かなり哲学的なテーマの発表が続きました。
偶然なのか、4人の報告者はそれぞれ2人ずつ、ドイツ思想(アドルノやベンヤミン)とハンナ・アーレント解釈とに分かれました。
とはいえ、かなり明快なお話だったので、私のような単純な頭にも素直に入ってきました。

午後は、恒例のシンポジウム。
今回は、震災以後の地域社会について。

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被災地の具体的な現状が語られ、昨年に比べればかなりわかりやすいものになっています。
震災とは別に、「八ッ場ダム」をめぐる地域社会の現状についても発表がありました。
そして、「脱原発」についても。
震災で被害を受け、今も被災地にいる在日外国人をめぐる報告が印象的でした。
被災はまさに非常事態ですが、その非常事態が「長期」にわたっています。
長期にわたって非常事態が「日常」になっている被災者たちには、民族や国籍による差異はほとんど意識されなくなっていきます。「今、ここ」に生きることがぎりぎりなのですから。
「非常事態による平等」「非常事態による新たな文化」が生まれているとのこです。
しかし、それはやはり「非常事態」です。
フロアから、それがどれくらいの期間、そしてどのような変化を伴って続くのか疑問が出されました。

また、フランスのアラン・トゥレーヌの「action」と社会運動の理論を解説する報告もありました。
トゥレーヌは「原発反対運動」の調査で有名です。
しかし、それはかなり古い時代のことです。
今や原発推進大国であるフランスですが、1970年代にはかなりの規模で反対運動がありました。
それが、なぜ「挫折」したのか。お話からはそれがあまり読み取れませんでした。
コメンテイターからも、3.11以前からあった原発に対する問題意識がなぜ継承されてこなかったのかという疑問が出されました。

今から考えると、「突っ込みどころ」満載の報告だったはずです。
質問すればよかった。

夜は、河原町で軽く飲みました。
昭和レトロのお店?
メニューも「給食風」

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夜の神社へ。
いかん、カップルだらけだ。

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京都の巨大スイーツ。
抹茶パフェ(^-^)

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完食しました(^-^)

もう一泊しよっと。