読むのが遅くなってますね。
"Der Spiegel"の1ページ分をどのくらいで訳せるか・・・。
かなり辛かった(**;)
イスラエルの老ジャーナリストが「ワーグナー」嫌いを表明している記事を訳してみました。
特に意味はないです。ちょうど1ページで、音楽ネタっぽかったので・・・。
記事では、ダニエル・バレンボイム(ユダヤ系の名指揮者)がイスラエルでワーグナーの音楽を公演したことを批判しています。
ノア・クリーガー「なぜ私はワーグナーを聴かないのか」
『シュピーゲル』2012年28号(140頁)
イスラエルには、別にワーグナーの演奏を公的に禁じる法律があるわけではありません。
ワーグナーの音楽を排除するような国会決議も、これまではありません。
ただ、国民の間には強い忌避感・嫌悪感が存在するようです。
実際上、公衆に向かってワーグナーの音楽が演奏されることはなかったようです。
少なくとも、2001年7月7日にバレンボイム氏がアンコールで「トリスタンとイゾルデ」から一曲演奏するまでは。
クリーガーは、1938年の所謂「水晶の夜」について語ります。
ドイツ全土でユダヤ人に対する暴力が爆発した事件です。
ちょうどその日、イスラエル建国以前のテル・アヴィヴで、アルトゥーロ・トスカニーニはワーグナーを含むコンサートプログラムを予定していました。
楽団長のブロニスラフ・フーベルマン(ポーランド出身のユダヤ人名ヴァイオリニスト)は事件の知らせに憤慨し、プログラムを変更するよう申し入れました。
トスカニーニも同意し、曲目を変更しました。
クリーガー氏によれば、ワーグナーは単なる「ユダヤ人嫌い(Antisemitist)」ではなく、悪質な「人種差別論者(ein üblen Rassentheoretiker)」だったそうです。
バレンボイム氏は、「ドイツの潜水艦を買うなら、ワーグナーも演奏していいのでは」と言ったそうです(クリーガー氏から孫引き)。
クリーガー氏はそうした考え方を批判します。
「モノ」と「芸術」とは同じではない。
ここまでが、クリーガー氏の記事の要約です。
ここまで読んで、ようやくエドワード・サイードが書いたバレンボイム擁護論を思い出しました。
エドワード・W・サイード『文化と帝国主義』と『バレンボイム』。
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バレンボイムは聴衆に語りかけ、不快な人は退出していただくよう断ったうえでワーグナーを演奏しました。
出て行った人もいましたが、2000人を超えるイスラエルの聴衆はその演奏を絶賛しました。
しかし、文化政策「当局」は彼を非難しました。
サイード(1935-2003)は、パレスチナ出身の文学研究者で評論家でした。
アラブ人ですが、ユダヤ人音楽家であるバレンボイムとは親友でした。
優れたアーティストは、愚かな旧弊や常識を破っていくものです。
サイードもバレンボイムも、非人間的な政治に反対しました。
強引なイスラエル入植とパレスチナ人隔離に反対する一方、パレスチナ人とイスラエル人の対立とパレスチナ過激派のテロにも反対しました。
ただ、サイードは、音楽もまた政治から完全に無関係ではいられないという現実も指摘します。
ワーグナーは偉大な音楽を書いたからこそ、非難されるのです。
偉大な音楽でなければ、あれほど強力なナチス御用達音楽にもならなかったでしょう。
サイード氏は言います。
「バレンボイムが演奏しなくても、いつか他の誰かがそうしただろう・・・」
バレンボイムの行動は、トラウマを越えて、新しい音楽鑑賞の未来を展望する契機になったのではないでしょうか。
政治と音楽・・・
「ちょっとだけドイツ語のお勉強ね」と思ったのに、意外と深みにはまってしまいました。
青梅市役所の姉妹都市コーナーにて。
青梅市とドイツのボッパルト市は姉妹都市です。ボッパルトの新聞を見つけました。
中世騎士の甲冑までありました。
ボッパルトの過去記事
読み歩き、食べ歩き、一人歩き(140) 青梅はドイツ?
「青梅よいとこ」シリーズ。
青梅よいとこ、いちどはおいで
青梅よいとこ、いちどはおいで(2)
青梅よいとこ、いちどはおいで(3)




