読み歩き、食べ歩き、一人歩き(271) あなたは右?それとも左? | DrOgriのブログ

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私は、「俺はミギ(つまり右翼)だ」という人には多く出会ってきましたが、はっきりと「ヒダリ(つまり左翼)だ」いう人には出会った経験がありません。
それは単に私の交流関係が狭いだけかもしれませんが、それにしても最近「左」の旗色は悪いです。
それどころか、サヨクであることは一部で侮蔑の対象にすらなっているようです。
私の周りで自分から「右」だという人は、何やら「連帯的」な気分に浸っているように感じます。
逆に「左」と思しき人々にはそれを感じません。特に最近は。

<朝からスイーツ?>
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古い話ですが、東京の大学に入ってから、「ああ、大学ってところは何でもありなんだな」って思いました。
いい意味でも悪い意味でも「自由」。そして、その背後にある一種の深い「霧」と「闇」。
「霧」の正体は、教授たち。
「闇」の正体は、学生でした。
私の学生時代、それはかつての「新左翼」の残党たちが地下に潜っていった時期でした。
そして、大学院時代は、バブル。
そのとき、PHPから朝日ジャーナルまで知的な(と言われる)メディアで目にしたのは「ポストモダン」。
「ネオアカ」などといって、何やら学者たちすら浮かれていた時代でした。

80年代の頃、私と私の周りの「左がかっている」連中が読んでいた雑誌は、いわゆる新左翼系雑誌でした。
『展望』、『状況』(旧版)、『現代の眼』、『創』、『流動』、そして『第三文明』。
そうです、『第三文明』すら、その頃は新左翼系の論者が寄稿していました。

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その後ほどなくして、新左翼系雑誌は次々と姿を消します。
その直接の原因は「商法」の改正でした。
いわゆる「総会屋」対策を講じたこの法改正は、新左翼系雑誌の資金源を枯渇させました。
要するに、左翼でありながら、企業に「寄生」していたのです。
『現代の眼』に至っては、経営者のK氏は、右翼の大物と目されていた人物でした。

私のような単純な人間には、「左翼って何?」「右翼って何?」という思いで事の推移を見ていました。
確かに、政治というものはきれいごとではありません。
カール・マルクスの親友で労働者の国際組織「第一インターナショナル」の指導者だったフリートリヒ・エンゲルスは、親から引き継いだ大会社のオーナー社長でした。大資本家にして共産主義者・・・それがエンゲルスです。隠れサヨクですね。

でも、K氏の場合は「隠れ右翼」? 
その証拠(?)に、『現代の眼』では、「新右翼」の論客が2人も登場しました。
鈴木邦男さんと『現代の眼』
新左翼って面白いですね。



実は、「体制/反体制」と「右翼/左翼」は別の事柄なのでは?
浅羽通明さんの『右翼と左翼』は、フランス革命時代の議場の席の位置から説き起こしています。
ご本人はこの自分の本を「ゲリラ的」な「素人」本と呼んでますが、いたってオーソドックスです。
浅羽さんは、右翼/左翼と体制/反体制を別の軸として分析します。

たとえば、戦後政治の分析では、
          体制
  社会党、共産党☆ 自民党、財官界
 朝日、岩波   ☆  親米保守
左 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 右
 新左翼      ☆  新右翼
 サブカル     ☆  戦前回帰派、対米自立派、反米反財界
          反体制

共産党が「体制」?
「体制」は移り変わります。それゆえ、「反体制」も変化します。
それに、何が「進歩」かという観念も、時代によって移り変わります。
左翼は「進歩」の観念を追い求める立場ということかもしれません。
「右/左」の位置は次第に「ずれて」いくのです。


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しかし、右翼と左翼では、実はそれぞれ見ている世界が違うのでは?
そもそも、互いに相当「キャラ」が違うし。
そんな疑問に答えのヒントを与えてくれたのが、松尾匡さんでした。
松尾匡さんの「左翼/右翼」区別

松尾さんによれば、「右」の人々は世の中の思想や立場を「内と外」に分けて、自分たちを「内」に位置づけます。
他方、「左」の人々は、社会を「上と下」に分けて、自分たちを「下」の立場に立っていると思っています。
つまり、「軸」が違うわけです。
それゆえ、「敵」もまた、ずれた「軸」によって浮かび上がります。


上(敵)
☆☆☆☆
下(味方)・・・・・・「僕らは、抑圧された人たちの味方さ。」「<右>なんて権力の手先さ。」

外(敵)
☆☆☆☆
内(味方)・・・・・「僕らは仲間なんだけど、あいつら<左>の精神はよそのものさ。日本から出ていきな。」

この「軸」は互いに交わらないそうです。
面白いですね。
そうすると、原理の違いというより「キャラ」の違いになる?
同じ人でも「争点」で違う?

「逆左翼」とか「逆右翼」とかというややこしい類型はここでは言わないでおきましょう。

つまり、右も左も、本人たちの「意味」を問わないと実際は分からないのですね。
これって、社会学者の土俵ではないですか。
頑張らないとな(お前がなー)。

カール・マンハイムの「伝統主義と保守主義」を思い出しました。
もういちど読もっと。

あなたは、右?それとも左?
どっちでもない?

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