読み歩き、食べ歩き、一人歩き(182) 「B層」って俺のこと? | DrOgriのブログ

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東浩紀さんがそうだというわけではないのですが、「IT人民主義」にはどうしても賛同できません。
ただ、だからといってエリート保守主義に与するわけにもいきません。
特に右寄りのそれには左のものより違和感が強いです。

ニーチェが好きな私としては、分からないながらも勝手に原文を読んできましたが、最近の「超訳」の激増には驚かされます。
どれもそれなりに面白いのですが、特に目をひいたのは、適菜収さんのものです。
F・W・ニーチェ/適菜収訳『キリスト教は邪教です!』(現代語訳『アンチクリスト』)(講談社α新書
キリスト教は邪教です! 現代語訳『アンチクリスト』 (講談社+α新書)/フリードリッヒ・ニーチェ
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ニーチェの文言は断片的で、部分部分を拾うと様々な解釈ができてしまいます。しかし、適菜さんはニーチェの最も深層にある思考の原理を大変に分かりやすい言葉で示してくれています。それは、キリスト教への、それも西洋近代の原理としてのキリスト教への徹底した攻撃です。
イエスは偉大だったが、キリスト教は病んでいる。それは、つまるところ、弱者のルサンチマン(復讐感情)だとニーチェは言います。キリスト教の絶対普遍の神は「民主主義」に姿を変えて生きのびます。そうです、ニーチェは民主主義が嫌いなのです。
適菜さん自身も、民主主義が好きではなさそうです。

適菜収『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』(講談社α新書)
ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒 (講談社+α新書)/適菜 収
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彼は世の人々を4種に分類します。ABCDの4つです。 AとBは近代の価値を信じる人々、CとDはそうではない人々です。 AとBの違いは、IQだそうです。CとDの違いもそう。 4つは2つの「軸」によって区別されています。 適菜さんのオリジナルではなさそうで、その原型は「小泉郵政選挙」のときの有権者対策から来ています。 郵政民営化にYESかN0かと、乗せられやすいかどうかという分け方です。まあ、ひとをバカにしてますね。
それで、適菜さんはニーチェの言葉を引きつつ、Bという「層」を徹底して貶します。 「B層」は、近代の「価値」、すなわち民主主義を「信仰する」IQの低い人々だそうです。 マスコミに流されやすい人々でもあります。

以下の図にかなり不快を感じる人もいるでしょうが(私もそう)、適菜さんの考え方をそのまま載せます。


適菜さんのいう「B層」は、一般には「大衆」と呼ばれてきた人々を指します。 新しいところがあるとすれば、それは近代の価値という「軸」です。
ふつう、圧倒的に、近代的価値=民主主義や人権の平等といえば「絶対的に肯定的」な評価がされてしまうのですが、適菜さん(ニーチェ先生)によれば、「弱者または愚者の悪平等」にすぎません。

適菜さんによれば、政治も芸術も料理も、「素人」が幅を利かせすぎです。専門家(と適菜さんみたいな「通」)が排除されがちです。確かに、適菜さんは音楽もグルメも「通」のようですね。
また、「品」が大切ともおっしゃいます。三流の下品な輩(B層)は、それなりの場所に引っ込んでろとのことです。
また、女性も(ニーチェを引いて)「政治に関わるな」「男女平等はむしろ女性の堕落だ」とも言います。

適菜さんは『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』(講談社α新書)でも、大凡同じような話をしています。
200年余り前のゲーテと100年余り前のニーチェがほぼロを揃えて「B層」を告発していることになります。

ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体 (講談社プラスアルファ新書)/適菜 収
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どうもこの人の文章は、ニーチェがどうとかゲーテがどうのという以前に、大衆嫌いと様々な差別感情がかなり前面に出てきます。政治家などには、事実であれ、かなり口汚く「醜聞」を言い立てます。
それでいながら「私は悪口はあまり言わない方」などとおっしゃる。

軸をもう一つ設けたらどうでしょう。
反省/無反省という軸です。
そうすると
3次元ですね。少なくとも2つは「層」が増えます。
この人自身は「A層」ではなく(もちろん「B層」 ではなく)「C層」なのでしょうかね。
まあ、その辺を自分で言わない(それらの外にいる?)ところが「無反省」なんですが。

私は、「E層」(没近代で高IQで無反省)なんてカテゴリーに入れたらどうかと思います。上から見下してるつもりが、そのまま自分にあてはめたらどうなるかとはついぞ思わないような人々です。どうも、こういう作家だか学者だか(最近多い)は、弱者のルサンチマンにルサンチマンを感じているように見えてしまいます。

そうそう、『ニーチェは・・・』の最初の方で、「中国や韓国からパイプを引いたら」云々と述べた政治家を批判して、「仮想敵国にライフラインをあずけるのか」と言ってました。中国や韓国は「仮想敵国」なんですかね。このあたり、適菜さんのスタンスがほの見えて興味深かったです。(初出の雑誌に合わせた?)

でも、そうはいっても、彼(彼ら)の言うことも一理あるのです。
人権だとか、(逆に)「差別」だとか、その手の言葉を使えば何か「思考停止」してしまう傾向があるのは確かです。

B層政治家、B層芸能人、そしてB層知識人・・・これらはB層という「社会層」がいるから商売になっているということでしょう。じゃあ、「E層」作家もそうかな。自分はバカでも下品でもないと思って外国人やニートを見下す人が喜ぶ商品を供給するような。

大衆迎合はいつの時代でもあります。
むしろ、私としては、自分のことを「大衆」とは思っていない人々に焦点を当てたいと思っています。
これから「E層」を探してみようかな。
え?お前はどうだって?
うーん・・・・(^-^;) 
まあ、ルソーよりもニーチェが好きです。
ああ、そういうことではないか。勉強しまーす。

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