去年の震災で私の何が変わったのだろう。
去年の3月、震災のちょうど1週間前、大学院時代の先輩や後輩たちと久しぶりに飲んだことを思い出しました。
大学院時代に毎週水曜日に開いていた自主的な勉強会の旧メンバーが集まりました。
会合に来た6人のうち、いわゆる非正規雇用者(専業で掛け持ちの非常勤講師)は私だけでした。
4人は大学教授で1人は会社経営者。
はからずも大学院の同窓会になったのですが、居心地のいいはずもありません。
出てくる話は職場での「苦労話」。しかも、「役に着いて大変ですよ」的な内容が多くて、どう反応していいのやら。
みなさん出世なさったものです。
酒の席ですし、久しぶりの会合なので学問の話はほとんど出ませんでした。
ただ、一人の先輩が気を使ってくれて、「彼は春にアメリカに調査で行くそうだよ」と紹介してくれました。
それだけのことなのに、単純な私は感激しています。
もっとさらに昔、大学院時代のことも思い出してしまいました。
大学院生時代、私はいわゆる落ちこぼれでした。
そのくせ、生かじりの知識をひけらかしては顰蹙を買っていたようです。
20年前、上のような大学院生同士で飲んだ酒の席で、調子に乗ってとうとうと「システム理論」について喋り散らしていると、ある先輩(去年の席にはいらっしゃらなかった)から、
「また○○は邪説を言っとるのか!」と怒られました。
空気の読めないうえに臆病な私は、恐れ入って黙ってしまったように覚えています。
本当に「邪説」だったのか、「無神経」をなじられたのか、それともその両方か・・・
でも、黙るべきではなかった。
酒の席とはいえ、同学の大学院の学生が集まって自由に談論するのに、自分の専門の話をして悪いはずがありません。
その「邪説」も、20年後には博士論文になりましたしね。
その先輩は「システム理論」が気に食わなかったのかもしれません。
ドイツ「批判理論」の権威でいらっしゃるし。
あ、そうそう・・・
震災で変わったこと?
もう、黙らないことです。
偽サヨクやインチキ批判理論を暴きましょう。
私自身が、批判理論に近づきつつあります。
昔の恥ずかしいことを思い出すのも悪くありません。
また、抵抗の季節がめぐってきました。
今、誰が再び「パリの五月」を歌うのでしょう。
・・・埃をかぶった古い銃をとり、
パリの街はいま、再び生まれる・・・
私は、もう一度この歌を覚えたくなりました。

