今日の音楽感傷(番外編) 平均律と純正律 | DrOgriのブログ

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おやじが暇にまかせて勝手なことを書くブログです。日々の雑記や感想にすぎません。ちらっとでものぞいてくだされば幸せです。

ヨハン・ゼバスチアン・バッハ以来、クラシックもポピュラーも、12平均律の恩恵にあずかってきました。
それに対して、純正律という音階もあります。

両者ともにオクターブは共通で、周波数は1:2の比率になります。平均律は、オクターブを12等分することで、転調や移調を簡単にしています。和声の「コード」(こういう表現自体まさにテクノロジカル)が可能になるのです。

12平均律は、一全音幅をすべて(隣の音との周波数比でいえば)1:12√2になります。

純正律では、(理想的にはですが)各音程が単純な整数比になっています。実際にすべてそうすると、和音が濁りますけど。

 完全一度(1:1)と完全八度(1:2)は同じです。
 でも、たとえば、完全四度(FからCまでとか)は、純正音程では4:3(1.3333)ですが、平均律では1.334840になります。
 
純正律は、こんな響きがします。
玉木宏樹さんというヴァイオリニストが作曲し、純正律で演奏しています。




デュオではこんな感じのハーモニーになります。



正直、耳のよくない私には平均律との違いがよくわからないのですが、アカペラのコーラスや弦楽四重奏など、ピアノが入っていない演奏の響きは独特です。

私の友達でピアノが上手な人(というか専門家)がいますが、実は彼女はつねづね「ピアノって嫌い」と言い放ってます。「何がさ? ピアノ弾きのくせに」ときくと、「メロディも和声も面白くない」とのたまいます。

ヴァイオリンなどを弾いていると、ピアノと微妙に合わないような感じが確かにします。
「異名同音」と言われますが、ヴァイオリンでは、例えば「F#」(Fis)と「Gb」(Ges)とは違います。
もちろん、ピアノの鍵盤ではまったく同じです。

G Dur(G major)でF#を弾くと、少しヴァイオリンの方が高くなります。というか、高くしたくなります。逆に、C Moll(C Minor)ではEb(Es)は低くしたくなります。

平均律に違和感があるのは、このひねくれたピアニストだけではないようです。

あのジャン=ジャック・ルソー(「むすんで開いて」の作曲者)も平均律は嫌いだったようです(ウィキペディアの受け売りです)。

我らが天才社会学者マックス・ウェーバーも、『音楽社会学』(原題「音楽の合理的社会学的基礎」)のなかで、平均律が音感教育に与えた良くない影響を指摘しています。微妙な音程感や和声感覚が無くなってきたというわけです。

何でも「合理化」してしまうのが近代社会の運命だとすると、音楽がテクノロジーになっていくのも運命かもしれません。しかし、工学的・数学的な精密さや正確さは「美」そのものではありません。

たとえば、周波数が「美しい」整数比だからといって、和音が美しいとは限りません。短三和音(E,G,Bなど)は10:12:15ですが、減三和音(E,G,Bb)の方が単純(5:6:7)です。

音楽の美は、やはり人間の耳が決めるものです。

オンチの私が言っても、説得力はないですがね。

アカペラのコーラスっていいですね。




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(ピタゴラス音律というのもあるのですが、ここでは扱えませんでした。ご容赦)