ながら勉強(2)不思議な企画本とマニアックな文献研究 | DrOgriのブログ

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おやじが暇にまかせて勝手なことを書くブログです。日々の雑記や感想にすぎません。ちらっとでものぞいてくだされば幸せです。

木曜日は吉祥寺へ。
地下のシャノアール。ミックスサンドで腹ごしらえ。暑くてこれ以上重いものは食えないです。

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パルコの地下書店でこんな本を買いました。河出書房新社の編集部がまとめたもののようです。

思想としての3・11/著者不明
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アマゾンのリンクでは「著者不明」ってありましたが、書いている人は多いです。巻頭の佐々木中氏は、私が知らないだけで、かなり有名な作家のようです。その他の寄稿者を見ると、まさにそうそうたる面々です。鶴見俊輔(『思想の科学』主催者)、吉本隆明(詩人・評論家)、木田元(哲学)、山折哲雄(宗教学)、立岩真也(社会学)など(敬称略)、私ですら知っている思想家たちが名前を連ねています。

ひとりひとりの発言についてここでコメントする余裕はありません。ただ、ほとんどの発言に日付がなく、オリジナルな出典があるのか、それともインタビューなのか、ネット書き込みなのか明記してありません。それどころか、編者の発言がどこにも見当たりません。前書きや後書きの類がないのです。したがって、人選の基準も含めてこの本がどのような意図で刊行されたのかまったくわかりません。よっぽどあわてて出したのでしょうか。

確かに「帯」に「緊急刊行」とありました。しかし、この本にどんな「緊急性」があるのか、いまいち理解できません。「思想」は緊急に日付なしに発信するものなのでしょうか。もっとじっくり醸成させるものではないでしょうか。

冒頭の佐々木発言には、それが「受賞記念講演」であることが明記されてあり、講演の場所も日付もあります(ただ、2010年とあるのは2011年の誤植でしょう)。彼は「発言を強制する」圧力だとか、「思想・批評ゲーム」だとかを批判しています。鶴見発言では(日付なしですが)、これまでの(いつまでだ?)言説が「全体像」をむすばないことが指摘されています。何やら「ブラック・ユーモア」です。発言者の発言内容はそれなりに良いものであったとしても、いやそれだからこそ、こうした不思議な企画本は発言者に対して礼を失することにならないでしょうか。

まあ、だからといって本書がまったく無意味だというわけではありません。せっかく買ったことだし(~-~)。今のこの時期(刊行日は2011年6月30日)にこうした本が出されたという記録が残ります。

私個人としては、池田雄一「われら「福島」国民」が印象的でした。

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名曲喫茶バロックで英語の書簡類を翻訳しています。
ここではさすがにPCは使えないので、手書きしてます。自分でも後で読めるかどうか不安(~~;)。

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「ながら」もほどほどに。