2011年3月30日(水)アメリカ東部時間
朝、目が覚めるとカモメの声がしていた。海が近いので、駅の近くでも何羽かカモメをみかける。今日も幸いに暖かい。Ailewife行きの地下鉄がなかなか来なかったので、今日もアーカイヴズに着いたのは、11時を15分ほどまわっていた。昨日いた席の近くにパーソンズのボックスがある。見ると昨日見ていたものとは違っている。ライブラリアンがすぐ前に座っている人の方にそれを移動していった。パーソンズを調べる人が他にいたのかと少々驚いた。昨日声をかけてくれたCollier教授が今日もいらっしゃった。Sind Sie amerikanisch? と聴くと、英語でYesと答えられた。教授はアメリカ人だが、東ドイツの経済について業績がある。ドイツ語はできるのかと聞かれたが、wenigと答えておいた。
今日も箱がなかなか出て来ない。来訪者が多いのだろう。以前よりスタッフは多くなっているような印象だが、それを上回って利用者と仕事が増大しているのかもしれない。
シュンペータの箱が来た。UAV349.11 Box21(箱の外には何も書いてなくて、Trap Boxとある。仮の運搬用の箱なのかもしれない)、なかのフォルダーに手書きで
BoX 21 UAV 349, 11
1930-1961
"Robertson-Schumpeter"
とある。
UAV349. 11, BOX 21, (folder: Joseph A. Schumpeter 1933-1942)にあった下書きは、小さな横長の厚手の紙に(横向きに)2枚にわたって書かれたものである。これでは探すのに苦労するわけだ。日付はないが、"October 21, 1939 National resources Committee"と"September 8. 1939 Chairman, Department of Philosophy"との間にはさんであった。この間の日付かどうかは不明。ただ、おそらく10月末。文面はマクローの註で引用された内容で尽きている。
帰りは、Collier先生と一緒だった。天気が良くて暖かったので、ケンブリッジ・コモンの方までご一緒した。先生は実に良い方である。私の発音が悪くて聞き取れないのに、「もう59歳だから、耳が遠くてすまない」などと気を使ってくださる。ケンブリッジに来週まで滞在されるそうである。「君はシュンペータの家に行ったことはあるか」「いいえ、ありません」「では、明日住所を書いて渡してあげるよ」(以上、本当は英語。勝手に訳した。)先生はそのままロースクールの方へ向かわれた。自分はケンブリッジ・コモンの写真を写しながら、墓地の横を地下鉄の方へと歩いて行った。

