Nietzsche, von Heute(1)
学生時代から親しんできたフリートリヒ・ニーチェについて、ようやく文章らしきものを書く気になりました。この頃「超訳」とかが出てニーチェの人気が高まっているようにも見えます。ニーチェの研究者でもないし、ドイツ文学者でも哲学者でもないので、ここでは「自己満ブログ」らしく、自分のニーチェ像を彼の箴言・片言からでっちあげることになりそうです。なるべく自分で訳しますが、誤訳・奇訳の類はご海容のうえ、ぜひご教授ください。ああ、それから、前もって一言。ニーチェの箴言は、私にとって私一人に吐露された彼の真情に読めるのです。もちろん勝手な思い込みです。「悲劇の誕生」のような論文調ですらそう感じるほどです。「ツァラトゥストラ」の「汝、これこれすべし」という説教調子も、親しき友への忠告に聞こえるのです。ですから、少し訳文がくだけすぎるかもしれません。
星をめぐるニーチェ(Nietzsche um Sternen)
別に、ニーチェが宇宙に行ったわけではない。ニーチェは、見かけ上「孤高」の思想家に見える。私は、そうした印象を彼の星をめぐる言葉から受けてきた。しかし、そうは単純ではないだろう。今日のニーチェは、そうした星をめぐるニーチェの言葉でおそらく最も有名な(最も美しい)ひとつを勝手に訳してみたい。全部は長いので、抄訳にて失礼。
1) 星の友情 --- 僕らは友人だったけど、おたがい疎遠になってしまったね。でも、それでいいよ。・・・(中略)・・・僕らはそれぞれに目的地と航路を持った二艘の船さ。・・・(中略)・・・いろいろな海といろいろな太陽が僕らを変えてしまったんだ。…(中略)…僕らの様々な通路と目標がささやかな道としてそこに含まれているような、そんな巨大な目に見えない曲線や星の軌道がたぶん存在するのだろう。---そんな風に考えられるまで、僕らは自分たちを高めていこう。・・・(中略)・・・(だから)僕らは僕らの星の友情を信じようよ。たとえ、地上では敵どうしになるしかないにしてもね。(『喜ばしき知識』、第4部、箴言279番)
-----------ウムラオトは、eをつけることで代用----------
Sternen-Freundschaft
--- Wir waren Freunde und sind uns fremd geworden. Aber das ist recht so, … Wir sind zwei Schiffe, deren jedes sein Ziel und seine Bahn hat, …die verschiedenen Meere und Sonnen haben uns veraendert. …Es giebt wahrscheinlich eine ungeheure unsichtbare Curve und Sternenbahn, in der unsere so verschiedenen Strassen und Ziele als kleine Weg strecken einbegriffen sein moegen --- erheben wir uns zu diesem Gedanken, ……(Und so) wollen wir an unsere Sternen-Freundschaft glauben, selbst wenn wir einander Erden-Feinde sein muessten. (Die froehliche Wissenschaft : la gaya scienza, Viertes Buch, Nr. 279)
