「過ぎたるは及ばざるにしかず」の代表は、痔核(俗に言うイボ痔)に対して行われるホワイトヘッド手術でしょう。
30~40年くらい前から、日本ではほとんど行われなくなった手術です。
痔核は正常組織にできるイボ状の膨らみです。
実は組織自体はそんなに異常というわけではありません。
出血する以外には大した危険もありません。
発生母地が正常組織ですから、病気の周囲には正常組織がたくさんあります。
現在はイボ状の病気の部分だけを切除して正常組織を残す手術が主流です。
それに対してホワイトヘッド手術の主旨は
「イボ痔ができる部分は正常部分を含めて全部取ってしまおう。
そうすれば、将来も痔核ができないはずだ。」
ということです。
予防を兼ねた手術というわけです。
一見完璧な理論に思えるこの手術ですが、落とし穴があります。
直後から数年後、場合によっては十年以上かけて、様々な後遺症が発生するのです。
残念ながら痔核(とほとんど同じような病気)も、またできます。
他に狭くなったり、肛門の感覚が悪くなったりする人もいます。
予防にならない上、様々な後遺症を起こす可能性があるので
肛門科医はみんなこの手術を止めてしまったのです。
まさに「過ぎたるは及ばざるにしかず」です。
故 隅越先生がしばしばおっしゃっていました。
「ホワイトヘッド手術のイメージは、『唇のない口』なんだよね。
唇を取ってしまって、口の周囲の皮膚と口の中の粘膜を縫い合わせた状態を思い浮かべてごらんよ。
色んな不具合が起こるだろうって、すぐ分かるでしょ。
肛門の柔らかい皮膚も唇と同じなんだよ。
全部取ったりしちゃあだめなんだよ。」
確かに唇は柔らかい表面に覆われていて口が開いたり閉じたりするのに欠かせません。
唇に病気ができたからといって、唇全体を取ってしまうという判断はよほどのことがないとできないでしょう。
ですから現在ではホワイトヘッド手術は、よほどの病状でないとやりません。
それを、肛門科医みんながこぞってやっていた時期があるのですね。
念のために申し上げると、逆にホワイトヘッド手術しか選択肢のない病状もあると思います。
また、ホワイトヘッド手術を受けた後、長期間にわたり再発も後遺症もなく生活しておられる方も知っています。
そういう人には滅多にお目にかかりません。
たぶん肛門科に来る必要がないのでしょう。
私は、かつて一度だけ実際にホワイトヘッド手術が行われるのを見たことがあります。
確かにほかの手術じゃないと治せないと感じるほどの、とんでもない病状の患者さんでした。
現在では教科書にも載っていない手術ですが、今もはっきり覚えています。
幸い、自分でやる機会はまだありません。