自分は将棋が好きで、プロ棋士の対局をスマホのアプリでよく見ていました。

 

ある日、スマホのアプリではなく、久しぶりに将棋の本を見ながら本物の将棋盤と駒を動かして将棋をしていました。

すると、子どもたちが将棋の駒をさわりたがったので、自分が駒を動かす場所を読み上げて、長女が駒を動かすマスを指さし、次女がそのマスに駒を置くということをしました。

 

その時に、ふと、スマホのアプリで将棋をしていたらこんなふうに子どもたちが将棋に興味をもつことは起きなかっただろうなと思いました。

 

スマホをいじっている大人を子どもから見たら「スマホをいじっている」としか見えない。

将棋をやっていても、芸能ニュースを見ていても「スマホをいじっている」としか見えない。

 

これは伝統や文化を次の世代に残すことや、子どもたちが色々なことに興味を持つことを妨げているのではないかと思いました。

 

今、本が電子化されたり色んなものがアプリ化されたりして、便利になったと思います。

 

でも、これは「便利」とか「効率的」という「部分」(点)にだけ焦点を当てて商業のために作られたものであって、社会全体の中での役割や位置(円)、過去現在未来への繋がり(線)については考えられていません。

 

将棋について言えば、学ぶことの良さや楽しさ、世代を越えた繋がりを得た将棋を次の世代にも残したい。

だから月額を支払っていたスマホのアプリは解約して、アナログな将棋世界(将棋の月間誌)を買って、それを見ながら将棋盤と駒を使うこととにしました。

 

将棋に限らず、例えば本は電子書籍にしないでなるべく本を買って棚に並べて子どもの目に触れるようにする。

そうやって、目先の便利にとらわれず、自分の行動を社会全体の中で「円」で考えて、過去現在未来の中で「線」で考えて過ごしたい。

これって共同体感覚が一部なのかなと思っています。